星占い師 つぼぼのホロスコープ星占い ブログ部

「sweet特別編集 占いBOOK2018」(11月21日発売・宝島社)の執筆に加わりました。見てね。名古屋鑑定は12月5日(火)から。名古屋ホロスコープ講座は1月28日(日)。東京ホロスコープ講座は、3月10日(土)、11日(日)。大阪ホロスコープ講座は4月29日(日)、30日(月・祝)であります。 詳しくは、http://tsubobo.com/contact.html

本サイトは http://tsubobo.com アスペクトから学べば、ホロスコープ星占いを楽しく実践的に習得できますよ、と言いたい。自分や他人の性格、運気の流れを読めるようになると、人生が楽になります。

Tスクエア

狂おしい

今年はよく雪が降る。
先日はうちの周辺でも20cm積もった。電車などの交通機関もマヒするが、どうしようもない。ホームには冷たい風が吹きつける。でも、ダイヤが乱れて混雑した電車の中は蒸せる。窓が曇って、外の風景がぼんやりとしか見えない。
仕方ないと諦める。諦めた途端に、力が抜ける。流れに任せるしかない。
星占いをしていても、そんな感じの時もあるものだ。


相性診断については以前ブログで紹介したが、最近鑑定した中での“くされ縁”の事例を2つ紹介したい。

Aさんは、40代前半の男性で、彼は真面目な会社員で家庭も持っている。
2年ほど前、大阪で仕事の関係である女性と出会ってしまった。夜は水商売をしている女性だ。心惹かれ、頻繁に大阪のお店へ通うようになってしまった。親しくなると、彼女が山梨に遊びに行くから、宿を取って欲しいと頼まれた。湖の見えるホテルである。
彼女から誘ってきたのだ。
AさんはICというホロスコープ上のラインに海王星がある。その特徴は、繊細で、神経質で、臆病だ。IC海王星の特徴として、もう一つ占い好きになりやすいということもある。もしくは占いに依存するというか。
彼はあるベテランの女性占星術師に意見を聞く。
その女性占い師から“彼女から手を出してくるまで、こちらから手を出してはいけない”という助言を受けたそうだ。
Aさんは女性とその湖畔のホテルで会う。しかし、占い師の助言を信じるまま、ただ部屋でお話だけをした。

彼女は期待していたのだろう。で、そのことが原因で、彼女とは距離が開いていったという。彼女のお店に行っても、普通のお客として扱われるだけで、以前のような密接な関係になれない。
彼はホテルで男女の関係を結ばなかったことを悔やんだ。助言をした女性占い師を恨んだが、後の祭りだった。
彼は頻繁にお店に通った。そうした中で、彼女に“自分は離婚をしたから、一緒になりたい”と告げてしまった。
離婚したというのは嘘である。
そんなぬかるみにはまるような状態になって、しばらくしてからAさんは私のところへやってきた。

Aさんとその彼女との相性を診ると、7つの星でグランドクロス(十字架)と4つの星でTスクエアができていた。グランドクロスは7つの星とカウントしているが、ドラゴンヘッドやキロン(小惑星)まで合わせると、9つになる。これはかなり強烈な“くされ縁”である。私もこれまで多くの相性鑑定をしているが、これほどの凶角は初めてある。
ホロスコープで相性を診る場合、2重円を作り、内側に自分、外側に相手の人のチャートを入れる。吉角でも、凶角でも強いアスペクト(角度)ができればできるほど、“くされ縁”となる。ただ、凶角の場合は、幸せ感はほとんど無かったりする。まるで、冬の雨雪の中、小さな傘で身を寄せ合うような“ぬくもり”だ。傷をなめ合うような似たもの同士と例えても良いだろう。
くされ縁の場合、出会い方も一方がひどく酷い状況で、もう一方の人が後ろからそっと傘を差すような感じで現れたりしたりする。実際、Aさんの場合、相手の女性が前の男性と事件レベルのことで別れたばかりだったそうだ。
Aさんは、こんな関係は早く断ち切りたいと言う。でも、追い続けてしまう自分がいる。思わず、嘘までついてしまった。家庭を壊すかもしれないのに、なぜ続けてしまうのか。
“同じ匂い”がするからだそうだ。匂いというのは、人の持つ根っこの陰の部分や育ちのことであろう。
一緒にいても格別幸せ感など無く、離れていると、ただ気になって仕方ないのだそうだ。
前のような、仲の良い関係になれることを切望している。勝手だが、できれば自分の家庭はそのまま保っていたい。
思うに、このAさんはもう壊れている。
本人もそんなことは分かっている。

Aさんは、何度も私に2人は一緒に暮らしているのかと尋ねてくる。
強烈なくされ縁ではある。20代の独身同士ならば、おそらく同棲なり、何なり結ばれている可能性が高い。幸せ感は無いかもしれないが・・・。だが現実には、Aさんは家庭がある。今の奥さんと離婚なり、別居なりをしなければ、その女性と1つ屋根の下で暮らすことはないだろう。
つまり、Aさんがどんな選択と行動をするかで、未来は姿を変えていく。2人のここ数年先の運気を診ても、気持ちが盛り上がる時期が同じで・・・ここ数か月のその女性の攻め時を伝えた。数年後、一緒に暮らす可能性はあるが・・・Aさんはそんな選択を本当にするのだろうか。

> 苦しいですね、こんな縁、ばっさり切れて忘れられればいいのだけど。
> 関わらない方がもっと平常心でいられた。
> 良縁悪縁に関わらず、人生であとにもさきにもないくらい大きな出会いであったことは確かでしょうね。


もう一例は、Bさんからの相談だ。群馬県の40代の奥さんである。
ご主人さんは40代後半で、子供は3人いる。結婚して15年以上になる。星を診れば分かるのだが、この夫は生まれた時に太陽☉と土星♄とドラゴンヘッドが重なっていてかなり真面目な人である。生真面目、くそ真面目といったところだろう。しかし一方で、水星☿と金星♀が重なり、120度吉角位置に海王星、180度凶角位置に冥王星がある。実はおしゃれなど美意識や遊び心、恋心が豊かな人である。ロマンチストだ。しかし、真面目さがその遊び人に蓋をしてしまっているのだ。

そんな仕事一筋に生きてきたように見えた夫が、肺癌にかかっていることが診断された。
既にかなり進行していた。昨年秋に、余命はあと5ヶ月と診断されたそうだ。
で、夫はどうしたか。
家を飛び出し、別の女の元へ行ってしまった。
中学生時代の同級生だそうだ。数年前の同窓会で久しぶりに顔を合わせたそうだ。
で、夫とその不倫相手の女性の相性を診ると、この2人にもグランドクロス(十字架)があった。強い凶角によるくされ縁である。で、もう1つ、この2人には疎遠星でのTスクエアがあった。木星♃×海王星♆、もしくは木星♃×金星♀の凶角では、物理的、時間的に疎遠になりやすい。長距離恋愛だったり、生活時間が合わなかったり。だから私は“疎遠星”と呼んでいる。そのTスクエア(3つ以上の星で、180度凶角と90度凶角が同時にできている星並び)だから、どうしても引き裂かれるような、長距離になってしまったのだろう。
この夫は、余命があと数か月と知って・・・残りの時間をその女性と過ごしたいと思ったのだろう。真面目な面の下の、もう一つの顔がむくむくと出てきてしまった。
一番下の子はまだ3歳だそうだ。Bさんは、今後の家計のことを考え、パートで働き出した。
癌は末期の状態で、病院の医師も諦め、自宅で家族と最後の時間を過ごさせることを決めたようだ。でも、夫は家族より、不倫相手の家で過ごすことを選んでしまった。
真面目な方だけあって、夫は地元の消防団などで役員をやっているそうだ。このまま不倫相手の家で亡くなることになったら、・・・田舎の結びつきが残っていて、すぐに噂は広がることだろう。

> 怒りをぶつける先が無くて困っています。
> 不倫相手と話したときも、喧嘩したら夫が更に戻らなくなると考えて、
> 経緯だけ黙って聞いて、よろしく頼むと頭を下げました。
> なじって叩くくらいの妄想はずっとしてたのに、怒り時を逃してしまったようです。 (苦笑) 

死ぬ時くらいは、大人として、後を汚さずにきれいに死にたいと思うのは、本当の死に私が面していないからであろうか。自分があと数か月の余命しかないと分かっていて、そんな不倫相手がいたのなら、そっちへ行ってしまうのか。今まで築いてきた信用とか、徳というものをすべて崩してしまうような行為にも見える。もうこの世のものは関係無いのかも。でも、残された家族に対しては、裏切りであろう。自分の葬式の後、家族が近所からどんな目で見られるか・・・そんなことも、本人は十分に分かっていることだろう。真面目な人だし。この夫にもいわゆる温かみのある幸せ感など無いのかもしれない。

人が死ぬ時のホロスコープは、案外、それほど悪い星並びで無かったりする。人生で最も悪い星並びということの方が珍しいだろう。ただ家族のホロスコープを診れば、良くも悪くもショッキングな影響を生活に受けるので、星回りに出ていたりする。以前、遺産相続の争いで悩んでいる方を鑑定した時、父親が亡くなった日は、残された家族4人全員に火星♂×土星♄の凶角(我慢星)ができていたことがあった。
Bさんや長男の星を診たのだが・・・夫は医者の診断より少し長生きするのではないかな。

Bさんの相談の1つは、夫が亡くなった後、自分は新しい男性を見つけられるかというものであった。Bさんは、エロ星(火星♂と金星♀)の凶角180度を持っている。実は結構な野獣さんである。実際、20代の頃は、いろいろ手を出し過ぎて、失敗し懲りているようなのだ。しかもBさんは、MC(ホロスコープ上の天頂)に金星♀がある。生まれた時に、天の真上に金星♀があったのだ。だから、再びスイッチが入れば、凄いと思う。ちょうどモテ期というか、男女の交流が増える金星♀と木星♃の合(0度吉角)も今年の秋にやってくる。風が吹くのだ。夫が亡くなった後、周囲がお見合いの世話などをしてくれるのだろうか。


開運とか、幸運というものを何とか手に入れようと願う。努力する。
でも、敢えて自分から、泥沼に入っていき、その沼が思ったより深く、ぼこぼこと溺れていくような人もいる。本人は沈んでいくのが分かっている。冷たいものに飲み込まれていく。光を失っていく。息が詰まっていく。
そういう人は、善意、誠意というものが助けようと手を差し伸べたとしても・・・もう受け取らないのだろう。


愛の鉄板法則⑨  くされ縁

ねぇ、あなたは、相性鑑定で凶角だらけの相手とはどういうものだと思う?
まぁ、まったく凶角しかできない相手というのは、まずありえないだろうけどね。
正確に言うなら、凶角の方が圧倒的に多い相手・・・嫌な相手。
そうね、幸せ感の少ない相手ということだわね。
じゃ、カップルになり得ないかというと、・・・そうでもない。
中途半端な90度や180度の凶角が多いというならば、確かに、そもそも気の合わない相手とかになってしまうわ。
付き合いたいという感情は湧かないだろうね。

で、ちなみに吉角も凶角も少ない相手というのは、もともと無関心になりやすい相手ね。影響が少ない・・・
例えて言うなら、中学校や高校の時に、終業式まで名前と顔が一致しなかったクラスメイトとかね。

じゃ、強い凶角、Tスクエアやグランドクロス(十字架)が多いとどうなるかというと、これがね、“ くされ縁(腐れ縁) ”になるのよ。
意外でしょう。
がっちりと鎖でつながれたような縁ができてしまうのよ。

Tスクエアやグランドクロス(十字架)といった強い凶角があるけれど、それに拮抗するようにグランドトライン(正三角形)やカイトがあれば、がっちり感があって、良い方向に強い力が働くことも加わって、とても良好な形になるわ。
でもね、Tスクエアやグランドクロスだけがやたらと目立つようなホロスコープでは、冷たい雨の降る中、小さな傘に身を寄せ合うようなカップルになってしまうのよ。傷をなめ合うと言った方が分かりやすいかな。

じゃ、いつものようにダブルチャートで相性鑑定してみてよ。ある男性とくされ縁なら、確かめてみるといいわ。内円に自分の生年月日、外円に相手の生年月日ね。生まれた時間が分かれば入れてくれた方がいいわ。分からない場合は、適当に12:00ね。「ハウス無し」を選択してね。

どう? Tスクエアがあるかしら?
え、あるって? 悲観することはないわよ。その分、がっちり感があるということよ。
180度凶角(ハードアスペクト)でも、やたらと星が多い場合には、Tスクエアと同じような力を持つのだろうね。ここはまだ検証中だけどね。縁があるということよ。そもそもどこからを「くされ縁」と呼ぶか、難しいんだけどね。
逆の言い方をすれば、Tスクエアがあれば、縁が深くなるということよ。

え、母親とTスクエアがあるって?
じゃ、母親とくされ縁ということねって、そりゃ、親子ならくされ縁だわよね。

え、今お付き合いを始めた男性との関係を診たけど、吉角ばっかりで、Tスクエアが1つも無いって?
それは幸せ感のあるカップルだわね。でも、別れると時は、さっぱりと後ろ髪引かれることなく別れてしまうわよ。
どこで知り合ったの?
ああ、結婚相談所ね。
まぁ、確かに互いに、嫌なら次の人を紹介してもらえばいいものね。でも、データで条件を合わせてあるためか、なんとなく、趣味の方向や財運の安定性はいいところは抑えてあるようでね。
吉角が多いけど、強い凶角が無いっていうのは、そんな感じかな。さらっと別れてしまう可能性があるから、その男が欲しかったら、早めに離れられないように手を打っておいた方がいいわよ。

Tスクエアの星の数が多くなったり、グランドクロスができたりすると、“ くされ縁 ”度が強くなる。
さっき傷をなめ合うような感じになると言ったけど、そもそも最初の出会いが、どっちかが前の彼氏彼女と別れて、傷心を持っているところへ、そっと後ろから傘を差してくれるような現れ方だったりする。
あまり意識していなかったのだけれど、付き合うようになり・・・何かのきっかけで別れても3ヶ月後、バス停なんかでばったり出会ってしまって、また付き合いが再開するなんて、ちょっぴり奇跡的なことが続いたりする。
会社の同僚の場合、自分が転勤したのだけれど、その後、彼も偶然同じ場所に転勤してきて、“ 縁 ”を感じてしまったなんていう事例も数回聞いたわ。
他にも、学生時代から仲間同士みんなでわいわい楽しんできたのだけれど、結局、今でも付き合いがあるのは、この人だけとかね。

そんな風に“ くされ縁 ”は始まる・・・

でも、縁が深すぎて、別れようとしても、なんやかんや別れられなかったりする。縁切り神社にでも行かなきゃ、となってしまう。
ホロスコープ講座でも、夫婦の関係を事例に相性鑑定すると、数組出てくるのよね、この“ くされ縁 ”が。
出てくる言葉は、“ 別れたいけど、決定打が無い ”。
Tスクエアやグランドクロスがあっても、その分、吉角が多ければ、幸せ感のあるくされ縁となる。これは問題ないのだけど、吉角が少なく、Tスクエアやグランドクロスがやたらと目立つような星並びだと、くされ縁だけが強くなる。
幸せ感が無いから、・・・何のための夫婦生活なのか分からず、別れたいと思うのだけれど、別れる口実が無い。いっそ、相手が浮気でもしてくれれば、別れられるのにぃ~と思いながら、ずるずると年月が経っていく・・・老後もこのまま続くのかしらぁ・・・(ため息)。
このくされ縁ができている相手と付き合うと、別れるのに、結構、労力が要るのよね。失うものが多いかもしれない。
夫婦やカップルの場合、どちらがストーカーになることもある。
ストーカーって、聞くと、女性は“ 怖い ”と思うかもしれない。でも、実際には、ストーカーになるのは、女性の方がかなり多いという説もあるのよね。ただ、男性が警察に相談する件数があまりに少ないからね。カッコ悪いじゃん。女性が家まで追いかけてくるのって、男性から見ると、あんまり“ 犯罪感 ”が無いしね。

吉角が少なく、Tスクエアやグランドクロスが目立つ相性は、幸せ感が少なく、傷をなめ合う、小さな傘にそっと寄り添う関係になりやすいと上に書いたけど、これってさ、なんかイメージできない?
そう、韓流ドラマっぽいよね。もしくは、年配の方に言うなら、“赤い~”シリーズね。宇津井健さんのあれよ。
韓流ドラマ、例えばメジャーなところで、「冬のソナタ」ってさ、私もハマったけど、2人は惹かれ合って距離が近づくのだけれど、ゴタゴタと事件が起こるみたいな。離れるんだけど、またばったり出会ってしまうみたいな。で、また何か事故があって、別れてしまうみたいな・・・泥沼化していくぅ~。
感情面ではロマンチックさがあるかもしれないけど、財運とか、癒し感とか、ほとんど無いよね。
でもさ、人間って、そんな悲劇のヒロインに憧れるというか、その方がむしろ燃えてしまうというか、その方が相手が妄想の中でどんどん素敵な男性になって膨らんでいくというか・・・実際、多くの女性が「冬ソナ」にハマったわけじゃない。
恋に恋したというかね。“真の愛”を見つけてしまった!! みたいな。

冷たい雨の中、ずぶ濡れになっているところへ、男性が現れ、そっと傘を差してくれる。雨に濡れないよう、狭い傘の中で身を寄せ合う。小さな温もりに心惹かれて涙してしまう。

そりゃさ、雨の中、ずぶ濡れになっているところへ、ワンボックスの車で迎えに来てくれて、車内でバスタオルを渡され、髪を拭ってさ、マンションで家族と温かいコーヒーを飲んでいる方が幸せ感はずっとあるわよ。
でも、それではドラマにならなかったりするわけよ。言葉のニュアンスがちょっと違うだろうけど、“ 退屈 ”という部類になってしまうわけよ。刺激がないというか・・・。

人の心の中には、どこか悲劇に惹き付けられるところがあるのよね。
悲劇的なところに、人は強く心動かされる本能がある・・・
例えば、悲しいドラマ、ドキュメンタリーを観て涙すると、心が浄化されるような・・・ね。

Tスクエアやグランドクロスが多く目立つ、“ くされ縁 ”ってさ、恋愛の1つの形なのだろうね。
恋をするとか、愛というものって、人それぞれ形が違うからね。
周囲の温度があまりに低いから、わずかな温かみが感動するほどにありがたいものに見えてしまうこともあるだろうしね。

ハードアスペクトというのは、“ 強い角度 ”という意味なのよね。西洋占星術が入ってきた時に、それを日本の占術家が“ 凶角 ”と訳してしまった。“吉” “凶”と色を付けてしまったから、悪いイメージが強く付いてしまった。“ 害があるほど強過ぎる ”という意味なのよね。だから“ くされ縁 ”を引き起こすのかもしれない。

男女が惹きつけ合うのに、幸せ感があるかどうかなんていうのは、別の話なのよ。もちろん、幸せを求めていることには違いないけど、2人がくっ付くには、幸せ感があるかどうかということが最大の理由とはならないからね。
あなたの初恋は、そんな幸せ感をものさしにしたかしらね?
惚れるって、そういうことじゃないものね。

幸せ感よりも先に、くっ付いてしまったという事実があるんじゃないかしらねぇ。
男女の相性とか恋愛には、いろんな形があるわけよ。
人生と同じで、いろいろあるわけですよ。
それを“ 運命ですよ ”の一言で片づけるのは、あまりに軽くて、私は嫌なんだけど、一旦受け入れるしかないわな。

Chiyokoおばさん  (Tスクエアを持つ人)

母が亡くなって、2年が経ち、先日、三回忌の法要を行った。

お袋はいつも紺色の小さな布のポーチを持ち歩いていた。
そのポーチは、今も茶箪笥の棚に置いてある。目に付くところだ。法要の日が近づいてきたので、懐かしく思い、久しぶりに開けてみた。
その中には、年寄りの必需品の健康保険証や多くの病院の診察券。店がよく分からないポイントカードが数枚。孫からの手紙。がまぐちの財布。がまぐちの財布は、私が小学校ぐらいからお袋が使っているものだった。小学生や中学生の頃の私は、そこからいつもお小遣いやお札が出てくるのを注視していた覚えがある。がまぐちを開ける時は、そこからいくらお金が出てくるのだろう、というわくわくしていたものだった。
そのポーチの中に、期限がとっく切れたパスポートと写真が数枚入っていた。

お袋は一度だけ、海外旅行をしたことがある。
私とフロリダに行ったのだ。
お袋の姉は、今から50年以上昔の昭和30年代、アメリカに渡った。
その姉に会いに行かせようと、私が奮発して、親孝行をしたという次第であった。

その姉は相当、出来が良かったそうだ。名を千代子さんと言った。子供の頃から、女ガキ大将のように、常にリーダーであった姉の下で、「私はいつも金魚のフンのように付いて回っていた」とお袋はよく言っていた。
成績は優秀で、学校でもトップだったそうだ。お袋は6人兄妹で、そのうち女性は3人。アメリカに渡った千代子姉さんの上にも、もう一人姉がいるのだが、この人も成績が良く、学校でトップだったそうだ。言ってみれば、お袋だけが成績が悪かったのだ。でも、お袋には特に悔しいとかいう思いはないようだ。姉たちを尊敬していた。末っ子の特権である。

父親、つまり私から見て、おじいさんに当たる人であるが、その人が出来の良い千代子さんをたいそう可愛がったそうな。私のおじいさんは、戦争が始まる前から名古屋にある三菱の航空機工場で働いていた。宮崎駿監督の「風立ちぬ」では、その工場が舞台となっていた。もちろん、私のおじいさんが堀越二郎のような航空機を設計する優秀な人であるはずがない。映画の中で言えば、後ろでエキストラのようにわさわさと工場で働く一工員である。私は「風立ちぬ」を、こんな感じでおじいさんは働いていたんだなぁと、観客の中では相当レアな見方で映画を鑑賞していたのだ。おじいさんは手先が器用で、新しいもの好きで、ラジオなんかは自分で直していたそうだ。

当時、女性は上の学校へは行かなったらしい。近所にいやらしいからだそうだ。女性が学校へ行くことに、近所の人の目が気になるというのは、今の時代にはその感覚を想像することすらできない。そのため、一番上の姉は、女学校でトップの成績を持っていたが、進学は“当然の如く”諦めたそうである。
ところが、千代子おばさんは進学を反対した自分の母親に、「私に花嫁道具は要らないから、大学へ行かせてくれ」と啖呵を切ったそうだ。
花嫁道具にかける費用を学費に回してくれということだろう。
その強気な言葉に、父親は“この子が男の子だったら、どんなに出世したことだろう”と娘であることを残念がったという。
千代子おばさんは、当時の師範学校、現在の愛知教育大学に進学する。
その後、通訳となって、東京で仕事をするようになる。新聞社の仕事もしていたそうだ。

一方、母は姉たちほどの学力が無かったので、当時としては“普通に”洋裁学校へ行く。
長い休みの日には東京の千代子おばさんのところへ行って、映画や百貨店、レストランなどに連れて行ってもらい、高価な服やカバンを買ってもらったそうだ。姉ちゃんと行った銀座の○○はどうたったとか、日本橋はどうだったとか、そんな昔話も聞かされたものだった。
千代子おばさんは羽振りが良かったそうだ。まだ1ドル360円時代である。アメリカ人の仕事をしていれば、そりゃ、収入もあったことだろう。1ドルは日本人の感覚で言えば、100円である。まだアメリカの経済力が圧倒的に強かった時代で、円はかなり安かったのである。アメリカ人が100円のつもりで出したチップが、日本では360円くらいの価値があったということだ。少し前なら、東南アジアに日本人が旅行した時、物価がこんなに安いのかと、ついつい買い物をし過ぎてしまったような光景がかつてのアメリカと日本の間にあったということである。だからドルで支払われたお給料も、日本人から見ればはるかに景気が良かったものだったのだ。日本企業や日本人の依頼による翻訳や手紙の代筆なんかもしていたという。千代子おばさんは通訳という、まだ当時は希少価値のあった仕事でバリバリ稼いでいたのである。花嫁道具など、自分で用意できたことだろう。
そんなんだから、お袋が東京へ行く旅費もすべて千代子おばさんが出してくれていたそうだ。

おばさんは、アメリカ軍人と結婚をする。
夫の愛称はボブという人であったが、軍人といっても気象学専門の学者軍人で、とても頭の良い人だったらしい。飛び級で大学に入り、24歳の時には、すでに大学で講師をしていたという。
千代子おばさんは故郷を離れ、アメリカに渡ることになる。まだ羽田空港がずっと小さかった時代の風景が出発記念の写真に収められていた。

彼女がどんな人であったのか。

千代子おばさんの生年月日は、1930年2月25日である。
性格や基本的な運勢を診るので、いつものようにシングルチャートでホロスコープを作ってみる。
生まれた時間が分からないので、「ハウス無し」で作成する。
http://www.m-ac.com/pages/setting_j.php

すると、水星と火星が0度で、頭の回転が速い人だったことが分かる。気が強くて、討論も上手く、リーダーになりやすい人である。
土星と天王星が凶角90度で、個性が強すぎて、周囲から“変わり者”と見られていたことだろう。
最も注目すべきは、太陽、木星、海王星によるTスクエアだろう。私は“魔のTの字”とも呼んでいる。180度と90度凶角によって形成されるTの字で、言ってみれば、凶角の詰め合わせである。
しかも、構成している星が、木星(拡大という意味だが、凶角の場合、縮小となる)、海王星(感情)で、“どん底星”である。感情が縮小し、別れなど、一人ぼっち感を味わいやすい人生となる。

Tスクエアを持っていると、人生が悲観的なものになる考える人がいる。
日本語にすると、「吉角」「凶角」と呼ばれるが、本来の英語はソフトアスペクト、ハードアスペクトと言う。“吉”、“凶”としてしまうと、良い、悪いの色が強く出てしまうが、本来は“弱い”“強い”という意味である。日本に入ってきた時に、「占いだから、吉、凶やな」と安易に訳されてしまった感がある。この言葉ではニュアンスが上手く伝わらないのだ。
ハードアスペクトが多い人は、運命的に打たれることも多いが、その分、貪欲さ、タフさ、強さを持っている。負けず嫌いだったりする。
私が鑑定しても、Tスクエアを持っている人の職業が経営者だったすることは多くあり、弁護士なんて人も数人いた。
Tスクエアは特に強いハードアスペクトである。
欲、意思の強さのレベルは高い。困難を招いたり、遭ったりすることが多いが、這い上がったり、切り開いたり力を持っている。ただ、這い上がれない人も多くいる。この星並びを持つと、成功か失敗か、両極端になりやすいということだ。

千代子おばさんは典型的なTスクエアの人だった。

母は、筆不精で国際郵便のようなものは、怖くて厄介で全くしようとしないのであるが、一番上の品があって、頭の良いお姉さんが千代子おばさんとのやりとりをするようになった。
そこからアメリカでの暮らしぶりが伝わってきた。

1960年代後半から1970年代前半にかけては、日本人にとっては海外旅行なんていうのは手の届かぬものであった。そもそも日本人が自由に海外に行けるようになったのは、1964年の渡航自由化からである。その後1971年のニクソンショックをきっかけに、1ドル=360円が崩れて、ドルがどんどんと安くなっていくのであるが、それでも1970年代、まだ日本は今ほどお金持ちではなく、海外旅行など一生に一度できれば良い方だというのが、普通の人の感覚ではなかったろうか。

多くの日本人が、その一生に一度の海外旅行の機会と考えていたのが、新婚旅行であった。
新婚旅行の定番はかつてハワイであった。
私が子供の頃は、テレビ番組の「新婚さん いらっしゃい」の目玉賞品のハワイ旅行というのは、一生に一度しか行けない海外旅行へのキップというまばゆいばかりの輝きを放す賜り物だったのだ。
そういえば、昔のテレビ番組の豪華景品といえば、決まって海外旅行だったなぁ。

当時、日本人のアメリカ人の生活に対するイメージは、大きな冷蔵庫が家の中にはあって、大きな車(アメ車)があって、庭にはプールがあるといったものだったろう。

で、実際に千代子おばさんから送られてくる写真には、子供たちがプールで遊んでいる様子が写っている。大きなガレージをバックに庭でバーベキューなんかをしている。そこに、お茶目にも日本語で書かれた「やきとり」なんて暖簾があったり。トム&ジェリーに出てくるような大きなケーキで誕生日パーティーをする家族の風景がある。その子供たちのいでたちが、真っ赤なジャケットに皮靴だったりしたのだ。
その子供たちというのは、私のいとこたちに当たるわけであるが。

一方、妹である私のお袋の家庭、私の家はどうだったかというと、平屋で二間の家の家族5人が住んでいた。プールどころか庭すら無かった。近所の子供たちが数人集まって、道にビニールプールを広げて、ちゃぴちゃぴしていた。家で肉を焼くといったら、ホルモンを味噌漬け(名古屋だから赤味噌)にしたものをフライパンで焼いて、ちゃぶ台に持ってきて、それを家族が箸でつつき合うような・・・。うちの移動手段は自転車だった。

当時は、「巨人の星」や「あしたのジョー」なんかが放送されていた時代であったが、今思えば、周囲も似たり寄ったりなものだったろう。

アメリカからの写真を私ら子供は見せられたのであるが、文字通り“異国”の話であった。

で、“アメリカに親戚がいるんだよ”と友人たちに話しても、海外旅行すら手の届かない時代だから、誰も信じてくれはしなかった。
貧乏人の負け惜しみのようになってしまい、大ボラにしか聞こえなかったことだろう。
幼い頃、お袋の自転車の後ろに乗せられて、一緒に買い物によく行った。
お袋の背中を見ながら、がたがたと揺られたものだった。
アメリカのおばさんの話は、仰いで眺める、夕暮れ時の青空のようなものだった。

でも、本当にショックを受けていたのは、お袋ではなかったろうか、と思う。
意思の強さと聡明さを持てば、可能性の扉が輝きをもって開かれ、・・・育った環境が同じ姉妹なのにこんなに差が付いてしまう。姉がそうなのだから、親や環境のせいにはできない。

置いて行かれた感が半端じゃなかったことだろう。
で、お袋が教育熱心になったかというと、そうでもなかった。
私は、勉強しろと言われたことがおそらく一度も無かった。
小学2年生の頃、私は成績が悪く、三者面談の時、担任の先生が「この子には本を読ませた方が良い」と言った。
親父が大工をしていた我が家には、本らしい本なんて一冊も無かった。
お袋はさっそく学校の帰りに本屋さんに向かった。しかし、お袋は何を読ませたらよいのか、さっぱり分からない。
私に「好きな本を選んでええぞ」と言う。
事情が分からないから、私は素直に欲しい本を手に取り、お袋は何も言わずにその本を買ってくれた。
マンガの「がきデカ」であった。がきデカというのは、子供が好きな下ネタを連発して人気を博していた、当時最も下品なマンガの1つだった。
その本を持ち帰って、一番喜んだのは兄だった。私より先に読み終えてしまったことを今でも覚えている。

そんなお袋だったから、教育や学問が人生に大きな影響を与えることを身に染みて分かっていても、“勉強しろ”とはよう言わなかったのだろう。

国際電話というものはある。お袋の兄妹はだれも001から始まり、国番号を入れるような複雑な国際電話を怖がって、掛けようとする人がいなかった。当時の高価な電話代の問題もあったろう。

私もだんだん大人になっていき、自分のことで忙しくなっていくと、会ったことも話したこともないアメリカのおばさんのことは、遠い話のままになっていく。

日本も予想以上に豊かになっていく。
バブルの時代には、私は大学生であったが、学生でも海外旅行なんて行けるようになっていく。合コンでは、海外旅行の話を空白となった時のネタカードとして持っているヤツもいた。もうハワイは猫も杓子も行く時代になっていた。

で、ある時、親戚の人が千代子おばさんのところに電話をしようとした時、つながらなかった。この電話番号は使われていないという英語のテープが流れてきたという。それ以降、連絡が取れなくなっていく。

2001年9月11日。ニューヨークで同時多発テロが起こる。いわゆる911テロである。
私はその時、番組の取材でアメリカ・サンフランシスコにいた。その話をすると、よく、911テロを取材していたのですか?と訊かれることがあるが、あくまで偶然である。私はその頃、NHKのテレビ番組を作るディレクターをしていたのだが、ITとネットの話である。カリフォルニア州では、役所でのサービスをネット上で行っていたのだが、その構築を民間企業が請け負っていたのだ。州には一切費用が掛からない。その代わり、市民が利用する際に払う5ドルの手数料をその民間企業が受け取れる形になっていた。カリフォルニア州は広いので、役所の出張所のようなところに出向くにも、結構な距離がある。だから5ドルを払ってでも、ネットで許可申請などの処理をした方が助かる。役所も市民もウィンウィンという内容であった。

で、そんな仕事でサンフランシスコにいた私が、911テロに出遭うとどうなったかというと、次の取材地にも、日本に帰ることもできず、2週間も足止めを食らうことになった。私の仕事上でできることと言えば、ホテルから歩いてすぐのところにJTBの窓口があったので、飛行機の席が取れないことを確認して、部長に「飛行機が飛ばず、予定が組めません。すみません。」とメールをのほほんと打つことくらいであった。
で、長すぎる異国での空白の時間があった。テロの緊迫感も次第に収まっていき、・・・私はサンフランシスコを堪能したのだ。同じく足止めになったスタッフのコーディネーターも一緒に歩き回った。普段なら予約しなければ入れないような観光スポットでも、キャンセルだらけなので、すいすいと入れた。中華街なんて何度行ったことか。ケーブルカーのケーブルが地面の下でぐるぐる回っているのをただ眺めていることもあった。

時間はたっぷりとあったので、・・・コーディネーターに千代子おばさんのことを話した。すると、コーディネーターの男性は、お安い御用とばかりにホテルの電話を掛け始めた。日本で言うところの104のような電話番号案内のサービスだったのだろう。
千代子おばさんの電話番号を探し当てた。コーディネーターはそのまま長距離電話で千代子おばさんに電話をしてくれたのだ。

私はその時、生まれて初めて千代子おばさんと話をすることとなった。おばさんの方も妹の息子から、しかもアメリカ国内から電話してくるとは思っていなかったようで、相当に驚いていた。
おばさんは英語交じりの片言の日本語になっていた。

「私、久しぶりの日本語だから、おかしいでしょ。」

時々、言葉が思い出せないと、“日本語でなんて言うのか忘れちゃったけど”と言いながら、英単語に置き換えて話していた。

なぜ、日本からの電話がつながらなかったかというと、フロリダで暮らしている間に電話のシステムなどが変わり、7回も電話番号が変わったそうなのだ。

それ以来、日本語の話せない従弟たちとメールをやりとりするようになり、お袋は国際電話をするようになっていった。私はおばさんには今の名古屋の風景写真を送ってあげたりした。
そうこうしているうちに、お袋は心臓を患い、人工弁を入れることになった。その後、年々、薬の量が異様に増えていくことになるのだが。
一方、千代子おばさんも心臓にペースメーカーを入れていた。どうも心臓の悪くなりやすい家系のようだ。
お袋もおばさんも70代になっていた。

私は、歩けるうち、話せるうちに会わせておかないと、実際に顔を合わせることは難しくなるだろうと思っていた。
だから、奮発してお袋を連れて行ったのだった。

フロリダに、メルボルン空港という小さな国際空港がある。アトランタ経由で行った。何時間掛かったか覚えてもいない。とにかく遠かった。

現地の空港に着いたときには夜だった。千代子おばさんの運転で、従妹とともに迎えに来てくれていた。私たち以外、ほとんど人の気配のない地方の小さな空港でお袋は姉と再会したのであった。
一緒に空港の建物を出ると、潮の香り混じる温かい南国の風に、身体が包まれた。道も広々としていて、ヤシの木がいっぱい茂っている。これがフロリダかぁ。
千代子おばさんの元夫のボブと会う。元というのは、ずっと前に離婚をしていたそうだ。話によれば、おばさんは強過ぎたのだそうだ。ヒステリックになることがよくあったという。
離婚しているとは言え、毎日家に来ているし、毎晩夕食は一緒にしている。ボブの日課は、カトリーナハリケーンで壊れた家を数年かけて、リフォームすることであった。私が行った時期もタイル張りをしていた。アメリカ人の結婚観が理解できなかったので、なぜ離婚したままなのかという野暮な質問はしなかった。

ボブおじさんは背の低いアメリカ人であった。
昔聞いた話である。ボブおじさんが、名古屋の両親に挨拶をしに来たと言う。両親とは私のおじいさんとおばあさんに当たる人たちだ。2人は、相当緊張した。戦争を体験した世代の人たちにとって、アメリカ軍人が家にやってくるというのは、1つの恐怖であったことだろう。
お袋の実家は、古い家の立ち並ぶところにあった。黒く、長屋のような形になっていた。窓には木の格子が付いていた。私の子供の時にもまだ土間などが残っており、台所は草履をはいて支度していたような覚えがある。玄関をくぐると土の匂いがしたのだ。まぁ、当時はそんな家もまだ多かったろう。
そこへボブが千代子おばさんとともにやってきた。

おじいさんもおばあさんも揃って目を丸くした。
ボブおじさんは身長が160cmほどしかないのだ。寝巻きの着物の心配をして、大き目のものをおばあさんは用意したが、裾が余っていたという。布団の心配も無用であった。後姿は日本人と見間違えるほど小柄だったそうだ。それで、おじいさん、おばあさんはボブおじさんに親近感を覚えたという。

私の身長は180cm。
だから、ボブおじさんは私を最初に会った時、第一声は「日本人なのに、なんでそんなに大きいんだ?」という言葉だった。
でも、アメリカ人らしく、ガタイの大きなピックアップトラックに乗っていた。後ろの荷台にはリフォームするための道具や材料などの他、趣味のものがいろいろ載せてあった。燃費が悪くなるから、降ろした方がいいのではないか、と尋ねたが、彼は無言であった。従妹に寄れば、その話は全く聞く耳を持たないそうだ。
ボブおじさんは、アメリカ軍人なのであるが、学者タイプの軍人で、なぜフロリダにいるかというと、NASAで働いていたからであった。
私は星占い師である。星占いも好きであるが、子供の頃は、そりゃ、ロケットとか、スペースシャトルとか大好きでしたよ。子供の頃、私がねだって買ってもらった唯一の図鑑が「宇宙の飛行の図解」というもので、その図鑑を見ては、ソ連やアメリカのロケットの名前と飛んだ年月日なんて全て暗記していた。宇宙船の絵も自由勉強のノートによく描いていた。
だから、NASAで気象官なのか、何のスペシャリストか知らないが、もう十分に憧れの人となってしまうのであった。ちなみにボブおじさんは、Generalだったそうだから、それなりに位の高い人だったのだろう。

私はフロリダにいる間、従妹とその彼氏にディズニーランドに連れて行ってもらった。私は東京ディズニーランドに行ったことが無かったので、それが初めての“ディズニーランド”だった。
それなりに楽しかった。けど、やはりボブおじさんに連れて行ったもらったケネディ宇宙センターの見学コースの方がはるかに私にとっては刺激的だった。
青空に突き立つように並ぶロケット群に目を見張った。どんな質問でも、ボブおじさんは答えてくれた。こんなスペシャルなガイドが付いているのだから、贅沢なものである。
3D  シアターがあって、アポロ11号の月面着陸のプログラムが放映されていた。私は英語の説明と時差ボケなどで、うとうとしてしまっていたが、目を覚ますと、隣に座っていたボブおじさんは泣いていた。

私がそんな風に従妹やおじさんと出歩いている間、お袋は千代子おばさんと一緒にいた。
ココアビーチを歩いたそうだ。ココアビーチというのは、サーフィンで有名な海岸だ。大西洋に面していて、外海からの高さ数メートルの大きな波が打ち寄せている。全米から若者たちがサーフィンを楽しむために集まるのだそうだ。A1Aという映画の題名にもなった有名な幹線道路が通っている。海岸線に沿った真っ直ぐな道だ。その道にきれいに等間隔にヤシの木が育っている。日差しが強い。サングラスに派手なシャツを着た人たちがビールを飲みながらビーチバレーを楽しんでいたりする、賑やかな若者の海である。

70代の姉妹は、そんな砂浜の手前に座り、海を眺めてこれまでどんなんだったのかを語っていたのだ。
2人には、荒い波の音さえ、遠くに聞こえた。

千代子おばさんは、日本を離れて、離婚もし、女手一つで子供を4人育てた。息子2人は医者になった。おばさんは子供の頃、医者になりたかったのだそうだ。その夢を2人が継がせたのだろうか。子供たちに日本語を教えなかったのは、差別を怖れたからだそうだ。“ピンク”という日本人蔑視の言葉が、おばさんが渡米した頃にあったという。ストレスが溜まって、夫に当たり、それで離婚となり、・・・金銭的にも苦しくなっても、周囲には相談する友人も親族も無かった。日本語を忘れてしまい、話せなくなっていた時期もあったそうだ。

おばさんの家にはバナナが成っていた。熟しているのを探してはもぎってくれた。
プールにはひびが入っている。そのひびにトカゲが隠れていた。いつまで使っていたか忘れたそうだ。家は水路に面していて、小さな船着き場がある。しかしもう何十年も舟を所有していない。

千代子おばさんが、昼食にピザ屋さんに連れて行ってくれた。5ドルで食べ放題というお店だった。
従姉妹たちは、あのお店は生地が冷凍で美味しくないから、私たち親子を連れて行ってはダメと言っていたそうなのだが・・・。
「娘たちはいろいろ言うのだけれど、私にはこのピザが美味しくないというのが分からないんだよ。・・・日本人だからかねぇ。」
整形し、二重のぱっちりした目を持った千代子おばさん。肌は陽に焼けている。
セルフサービスのお店で、サラダも食べ放題だった。少し古いが、窓が大きく、広々としたお店だった。時間が中途半端だったのか、私たち3人以外にお客はいなかった。それでも、私たちはたんまりとピザを楽しく味わった。私も母も、そのピザが美味しくないが分からずにいた。
海は近いのに、なぜだが乾いた風が吹いていた。日差しの強い青空まで、カラリとしていた。
そんなフロリダに2週間ほど居た。


亡くなった母のポーチにあった数枚の写真は、フロリダに行った時のものである。
別れの前の夜には、パーティーを開いてくれた。従姉の手作りの厚さが20cmあるラザニアを食べきれずに残していた。
写真に写っているお袋の顔は、ぽーっとしている。
実は最後まで、時差ボケが取れなかったのだ。

それでも、お袋は事あるごとに、フロリダにいったことを年寄り仲間や、ヘルパーさんに話していたそうだ。
「姉ちゃんがアメリカにいるでよ、それで泊めてもらってきたんだわ。」
その次の相手の質問は、“なんで、姉さんがアメリカに居るの?”となる。
そして、「私の姉ちゃんはなぁ、・・・花嫁道具は要らんと母親に言ったんだわぁ・・・」とお袋の講談が始まる。

フロリダの旅行は、お袋がいつまでも手の届かなかった千代子おばさんに、少しは触れられた瞬間だったのかもしれない。

千代子おばさんは数年前に一度調子が悪くなり、危篤状態になった。ボブおじさんから、弔辞を葬式の時に読むから、どんな学校をいつ卒業したかなどを教えてくれという知らせが来た。
私はそれに応えて、メールでお袋から聞いたことを伝えたが、・・・医者の息子が良い病院を紹介したのか、元からタフな生命力なのか、おばさんは奇跡的に回復した。
結局、ボブおじさんの方が先に亡くなってしまった。

そして、お袋が亡くなった。
千代子おばさんは昨年の夏に逝ってしまったそうだ。


鑑定していると、ホロスコープにTスクエアがあって不安だという人がいる。本人だったり、子供だったり。
“凶角”だらけで、幸せになれないのではないかと。
そういう人には“凶”ではなく、“ハード”だと伝えている。
確かに波乱の多い人生である事例はよく聞く。
しかし、“凡人”が憧れるような活躍する人たちもいる。社長だったり、弁護士だったり。
強いのだ。タフなのだ。ハートがハードなのだ。


80代になった婆さん2人は、コーヒーでも飲みながら、ああでもない、こうでもないと年寄らしく同じ話を飽きずに繰り返しているのだろう。

ココアビーチの砂浜でたっぷりと話したろうに・・・。
ただ、今は、青空の下ではなく、青空の上だ。


魔のTの字 (180度と90度の凶角が同時にできる星並び)

人を低調にさせる星並びは数々あるけれど、どうにもマイナスパワーの強い、私が「魔のTの字」と呼んでいる星並びを紹介するわ。
この星並びは、どの星でもいいのよ。3つの星が、180度と90度、1つの星に対し、真裏と直角の星並びを持って、まるで“T”の字を形成している星並びのことなのよ。星占い用語では「Tスクエア」と言うんだけど、こんな英語を動画星占いで使っては分かりにくいと思って、私が勝手に「魔のTの字」と呼んでいるんだけどね。
180度も、90度ももともと凶角なのよ。この2つが同時にできるのだから、そりゃ、良くないわよ。

これは、個人の人生全体運気(シングルチャート)でも、生まれた時のホロスコープと現在のホロスコープを照らし合わせた 個人の現在の運気(ダブルチャート)でも言えるんだけどね。
今回は社会全体、つまりシングルチャートで、ある時点のホロスコープを見てみましょう。

では、まず例題として、いつものごとく、ホロスコープのサイトを開き、
http://www.m-ac.com/pages/setting_j.php
2011年3月11日の日付を入れてみましょう。時間は14:46にしてみてください。

ざっくり見て、なんとなく、木星(♃:Jupiter)と土星(♄:Saturn)と冥王星(♇:Pluto)がTの字を形成しているのが分かるかしら?
でもね、これ、実は少しばかりずれているのよ。私は誤差5度以内で診断しているから、Tの字とは言えないのよね。まぁ、あえて言うなら木星と冥王星が凶角90度。
でも、星占い師によっては、8度まで誤差を許容している人もいるから、その人にとっては、これは、魔のTの字ね。

この日付、分かるわよね。そう東日本大震災の「東北地方太平洋沖地震」が起こった時間。この「東北~地震」の名前が馴染みにくいわね。こんな名前だったっけって感じ。

で、さらに日付を進めて、3月15日にしてみてください。
この時、実は、この日の方が、星並びがきついのよね。
財運の木星と、障害の土星が全く真裏、凶角180度。
木星と、審判の冥王星が凶角90度。
土星と冥王星は、誤差8度を許容するなら、一応凶角90度。
まぁ、一応「魔のTの字」?

でも、なぜ、この東日本大震災の例を出したかというと、どんな星でもいいならば、魔のTの字を形成することは、正直、よくあります。でもね、一周するのに、12年かかる木星、30年かかる土星、240年以上かかる冥王星が形成するなんて、私の一生ではもうないからね。これまでの講座でも紹介してきたけど、木星より遠い星、土星、天王星、海王星、冥王星は影響力が強いから。そのうちの3つが魔のTの字を作ったら、そりゃ、だたでは済まないわよ。

で、もう一度、ホロスコープを見てもらえると分かるけど、木星に水星が重なっている。木星に重なること自身はいいんだけど、他の星(土星、冥王星)と凶角を組んでいる時に重なると、水星自身が、同じように他の星と凶角を組んで、悪い影響が倍増することになるんだな。
ここで、どんな作用が考えられたかというと、木星(財運)と土星(障害・抑制)が凶角になると、大きな損害が出ます。木星と冥王星(審判)が凶角になると、最悪の場合、地位や財産の一切を失う可能性が出てきます。
水星は、知性、コミュニケーション、交通・通信、電子機器などを司っている。
水星が逆行したり、何か大きな星と凶角を形成すると、東京都内ではたいてい電車が1本ぐらいは止まるわね。たぶん、東京の電車はダイヤが過密だから、弱い影響でももろに受けてしまうんでしょうね。

それで、私はこの星並びを見たとき、私は生まれてからこの方、経験したことのない強い星並びだったから、どのくらいの悪影響があるか予測できなかったのよね。
ただ言えることは、“大きな損害が出て、交通・通信が大規模にマヒする”と。

しかもこの星並びが形作られるのが3月15日なんだけど、それまでの他の魔のTの字を見ると、影響は、1週間ぐらいズレることはざらにあるから、10日過ぎたら、いつ起こっても不思議じゃなかったのよね。
で、私は、MIXIの星占いのトピックで“大規模な交通マヒが起こるかもしれない”と警告していたんだけど・・・。実際に、500万人が帰宅困難者になって、私の兄も新宿から千葉の舟橋まで、8時間かけて歩いたんだよね。
原発の屋根が吹き飛んだことも考えると、3月15日ごろが確かに全部の被害が出揃った日となるかもしれない。
まぁ、こうやって、星並びと現実の現象を照らし合わせて、星占い師としての経験値を高めていくんだけどね。
正直、あんなに日本で戦後最大の犠牲者を出す自然災害になるとは思わなかった。コンクリートの塊の防潮堤、防波堤をあっけなく壊していったものね。岩手の宮古市田老(旧田老町)なんて、明治、昭和の三陸地震で、村がまるごと流されるような大被害を受けて、海面から高さ10mの防潮堤を建てていて、海辺の町なのに、海が見えない町だったのよね。それで、地震が来る前は、“景観を犠牲にしてまで、あんなものを造る必要があったのだろうか”とまでいろんなところで議論されていたのに、その防潮堤すら、町を守れなかった。


ヨーロッパでは、確実にホロスコープ星占いを今でもかなり利用していることは、この魔のTの字を逆読みすることで分かるのよね。
例えば~、2012年のロンドンオリンピック。現地時刻で、7月27日~8月12日まで開催されました。
で、ここで開催前日の7月26日と7月27日を見比べてみましょう。
今度はダブルチャートを使ってみましょう。内側の円に2012年7月26日、外側の円に2012年7月27日。
http://www.m-ac.com/double.php

分かるかしら?
7月26日は、火星、天王星、冥王星が魔のTの字を形成しているのよね。
でも、7月27日は、火星が移動してくれたおかげで魔のTの字ではなくなった、と。
現地時間で見ると、ちょうど解消されるのよね。

閉会式の8月12日とその周辺を見てもらいたいんだけど、
実は、現地時間で8月11日の午前3時ごろから、金星、天王星、冥王星による魔のTの字が形成されているのよね。

実は、ロンドンオリンピックの前も後もしばらくの間、マイナス作用の強い魔のTの字期間で、その合間を狙って、開催された感じなのよね。
19日間の競技日程を組むにあたって、最後の2日間はどうしようもなかったって感じかな。


この魔のTの字が生まれながらのホロスコープにある人は・・・
下のシングルチャートに自分の生年月日を入れてね。
http://www.m-ac.com/pages/setting_j.php
惑星は何でもいいです。(誤差5度以内で)Tの字なっているものがあれば、困難な事柄や障害、問題を抱える人になりやすいです。しかし、これも土星と太陽の凶角(ホロスコープ講座①)の人と同じように、困難だから、強い性格が与えられるのよね。
魔のTの字(Tスクエア)を持っていても、成功した人は結構いるわよ。
私も鑑定したお客さんで、裕福になった人でも、魔のTの字を持っている人をたまに見かけるわ。というより、魔のTの字を持っている人の方が成功しやすいじゃないかと思えるくらい。でも、苦労はしたんだろうね。実際、星占いのテキストには、創業社長さんにも苦労星の人は多いと描いてあるんよね。
苦労星の人は、凶運とも言えるんだけど、一方でその凶運をクリアしていくと、“強運”に変わるんだな。実際、鑑定していると、こういう魔のTの字とか、太陽と土星が凶角を持っているような人は、結構、子供の頃からお金に苦労しているから、逆に、貧乏が平気だったりする。慣れてるから。若い人でも、しっかりしていて、いくら苦しくても借金状態にしたことがないという人が結構、苦労星の人には多い。借金嫌いの人が多いね。子供の頃に、親がギャンブル好きで家庭崩壊していたりするから。
この人たちは、例えていうなら、3匹の子豚の末っ子ブタだよね。レンガで家を建てた子ブタ。一個一個をせっせと積み上げていく。他の子豚が遊んでいても、汗かいて、積み上げていく。でも、最後には、狼が来ても、全然大丈夫な家を築いてしまうんだな。そして他の子豚まで、その家で守ってしまうという。だから、苦労星の人は、社長さんなんかに多かったりするんだろうね。
でも、中には試練に耐えられず、投げやりになって、ホームレスまで堕ちてしまう人もいるけどね。鑑定している分にはかなり例外的な少数派だけど。

一方、ダブルチャートで、生まれた時の星と、現在の星との組み合わせて、魔のTの字ができている人は・・・、耐えましょう。それで、いつその苦しみから解放されるかを、日付を動かすことで探ってみてね。それまでは充電期間、修練期間。
http://www.m-ac.com/pages/doubleset_j.php

でも、この魔のTの字の場合、社会全体を診た時に出てる時がやっぱり一番怖いねぇ。

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