星占い師 つぼぼのホロスコープ星占い ブログ部

名古屋の講座は満席になりました。大阪講座は、5月18日(土)、19日(日)まもなく満席。福岡講座は6月15日(土)、16日(日)。東京は8月3日(土)、4日(日)であります。くわしくは、http://tsubobo.com/contact.html

本サイトは http://tsubobo.com ホロスコープを読もう、学ぼうというサイトです。

西洋占星術

“自分探し”をしてみましょうか。

先月の1月12日に哲学者の梅原 猛氏が亡くなられた。
梅原先生は、戦後の日本文化に大きな足跡を残した知の巨星で・・・私は大学時代に文学部で哲学を専攻していた人間なので、特に梅原先生の訃報のニュースには悲しさと淋しさを感じた。でも、私のような人間でなくても、普通に新聞の一面に載っていたから、やっぱり大きなニュースであったのでしょうね。
梅原先生は哲学者でありながら、日本の古代史、仏教に関しての本は何冊もヒット作を飛ばし、スーパー歌舞伎の台本を書いたり・・・実にマルチな方だった。
で、私は梅原先生に教わった、なんてことはない。
あまりに雲の上の人過ぎてね。

だけど、私は一度だけお会いしたことがある。
愛知県の碧南市に 哲学たんけん村無我苑というものがあって、梅原さんはそこの名誉村長になられた。もう25年くらい前の話かな。その哲学たんけん村が開苑するというので、その開苑式イベントがあった。
私はテレビの世界に入ったのだが、まだ一年生だったので、そのイベントの使いっ走りのスタッフとして、その開苑式に加わったのだ。大学で哲学科にいたから、上司がなんとなく “ま、お前、手伝いに行ってこいや” といった感じで仕事が回ってきたんだと思う。
どんな仕事をしたか、どんな開苑式だったのか、実はまったく記憶にない。
梅原さんが名誉村長でいらっしゃることは分かっていただろうが・・・。
開苑式で、梅原さんは挨拶されただろうし、そのためにお越しになっていたのだろうが、その話の内容も覚えていない。たぶん、その挨拶を私は雑用スタッフとして会場の隅っこの方で、遠目に見ていたでしょう。

ただその後のことが大事でね、私はその後のことはよく記憶している。
私は後片付けのスタッフと残るので、他のスタッフとは別に、一人電車に帰ることになった。海にほど近い碧南市には、名鉄の三河線というローカル線しか走っていない。単線で、本数も少ない。ほとんどが無人駅という線だ。

私が後片付けの仕事を済ませて、夕刻にその小さな駅に着いた。
ホームを見渡しても、誰も居そうにないのだが・・・ぽつんと年配の人が立っていた。目を凝らしてみると、梅原先生だったのだ。人のいない駅で、遠く田畑の広がる風景を眺めていた。
梅原さんは学生時代にこの地域に住んでいたことがある。実の母親を幼いうちにして亡くし、この地の名士だった叔父の家の養子にもらわれてきた。名古屋の学校まで、2時間かけて通っていたそうだ。
そんな思い出があったからかもしれない。梅原さんぐらいの“大物”になると、普通は名古屋駅から送迎のタクシーでいらっしゃるものだが、梅原さんはそれを断り、各駅停車の電車しかないローカル線に乗ってやってきていた。
それは知っていたが、まさか帰りが一緒の電車になるとは。
本数の少なかったから、合ったのだろうし、他にお客さんが多かったら、私は気づかなかったかもしれない。

私は近づいていき、梅原さんに声を掛けた。“さっき会場でスタッフをしていました・・・”なんてね。
いくらイベントでも、招待した大物ゲストに気安く声を掛ける現場スタッフなんて早々いないから・・・普通は声を掛けるのを遠慮するだろうしね・・・梅原さんも少し馴染まなかったことだろう。
それでも、私が大学時代に哲学を専攻していたことを話すと、好意を持ってくれて、お話しするができた。20代の若造相手に、著作の話やら、普段の生活やら・・・。
ホームで電車を待っている時から、電車の中の4人席で向か合って・・・運良く、長い時間お話しさせてもらえた。
がたがたと揺れる、古い木造の車両に夕日の光が差し込んできていて。潮の風が吹き込んでいて。確か5月か、6月の初夏だったと思う。単線だから、沿線の木々の新緑の葉が触るような近さで擦れていって。
私は、最後にサインを頼んだ。手元には色紙なんて無く、ただスタッフようのカンペという画用紙のような厚紙があったので、それに頼んだ。
梅原さんはマジックペンで、

“ 哲学は一日にしてならず  梅原 猛 ”

と書いてくれた。
私は、会社に帰った後、皆に自慢して見せたが・・・誰も興味を持ってくれなかったね。まぁ、そりゃ、そうだろう。梅原猛さんって、名前は聞いたことがあるというのが、当時の20代の人の当たり前の姿で・・・梅原さんにサインしてもらって、舞い上がるなんて、マニアックなオタクだったということかな。
その後もディレクターとして、何人もの学者、芸能人、政治家、文化人とお会いしたんだけど、私がサインを自分から求めたのは、この1回きりだけだったな。


でね、今回は星占いとは違う話をしたいと思うのよ。
鑑定をしていると、こんな人によく出会う。

「40代にもなって、自分探しをして、恥ずかしいものです・・・。」

この40代というのは、30代だったり、20代だったり、50代だったりいろいろ。つまりいつまでも“自分探し”というものをする人はしているということよ。
“自分探し”というのは、生きていく上で、大きなテーマだからね。
ホロスコープを見れば、多少、その人の性格や運気の流れを知ることができる。
ただ“自分探し” というのは、性格だけじゃないから。
星占いに求められるのは、さらに適職なんてものが加わるでしょうね。あと、どうすれば、彼氏ができるかということかな。

で、そんな皆さんのために、今回はちょっと星占いとは違うアプローチ、手法で、“自分探し”を考えてみたい。

0206ブログ用大きめの紙を用意して欲しい。ちょうど1月が終わったばかりだから、カレンダーの裏なんかがいいかもしれない。大きい方がいいわ。
そこに左の図のように、中学生、高校生・・・会社などと枠を作って。
学歴は人それぞれだから、そこは人によって違うでしょう。会社も、最初の会社、2社目、3社目とね。女性だと、結婚後という枠になるかもね。最後に“今”の枠をちゃんと作ること。
そんな枠を作ったら、その時代に思い浮かぶ、友人、風景、通学通勤スタイル、部活、家族、習い事、趣味など書き込んでいってもらいたい。いわゆるワークショップというやつ。左の見本の図は、かなり簡略していて・・・1つの枠に10個以上は書けるでしょ。それで書いた要素がつながっている、リンクしている場合には線でつなぐといい。

書いていくと分かるんだけど、実はかなり大きい紙が必要だったりする。年配の人のほど、社会人の枠が当然大きくなる。もっと振り返りたくなったら、上に小学生の枠も付け足していくといいだろう。別の紙を継ぎ足して貼ればいいですよ。

人は過去の記憶を “思い出” として振り返ることはいくらでもある。心地良いものや、嫌なものもあるだろうが、ここではそんな思い出に浸るようなことをしようというのではないのよ。

人間は、肉と骨・・・たんぱく質、カルシウム、水なんかが原材料となっているが、それらの身体の材料、要素を拾い上げていっても人間にはならない。そりゃ、そうだ。
例えば、味噌を考えた時に、大豆、塩、水、糀(こうじ)だけで、味噌ができるわけではない。1年なり、3年なりの発酵期間が必要となる。熟成期間。つまり“時間”というやつですよ。
人間というものを考えるのに、その人が長年に渡って、経験してきたもの、見てきたもの、感じたことというものが、やはりその人の“材料”になっている。
その表の全体がある程度、埋められたら、眺めるといい。
そこに書かれた言葉、例えば、陸上部という言葉を眺めると、そこに像(イメージ)が浮かび上がってくることでしょう。自分が過ごした部活の様子。友人や初恋の人の名前なんかもそう。頭の中で動画になっているでしょうし、運動場の感触やジャージ、炎天下の練習、汗、部室の匂いなんかも連鎖して、あなたをその世界に引き込むでしょう。
とうことで、この表に書かれたものは、ただの単語、名詞ではない。
あなたにとっては、“存在”(being)というものなのよ。
この表に“熱気”や“圧”を感じ、いろいろな感情を引き起こしていることでしょうね。しかも情報量が多いから、まさに“ダーッ”となだれ込んでくるじゃないかしら。

梅原猛さんが最初に研究していたのが、実存主義という思想で、“存在”というものから、自分を見ようというものだったのよ。

まぁ、言ってみれば、その書き上げた表全体で、あなたの“存在”が描かれているということになるわ。
上から下へ眺め、また下から上を眺めていく。人生を俯瞰してみる。
熱気があまりに感じられて、この表を他人に見られるのが恥ずかしく思えるかもしれない。
でも、そこは大丈夫。
他人にとっては、ただの単語、名詞の羅列でしかなく、何も伝わりはしない。
陸上部という文字を見ても、風景はほとんど思い浮かばない。もしくは違う風景かな。他の人にとっては、存在ではないということ。存在しないのよ。友人の苗字を見ても、顔が思い浮かぶはずない。そりゃ、そうだろう。

人生を俯瞰してみると、あまりに情報が多く、とても一言ではまとめきれない。
とても“自分探し”の答えにはならない・・・でも、自分探しのヒントにはなるでしょうね。

“今”の先に、“未来”という枠を作ってみれば・・・なんだか、自己啓発セミナーっぽくなるから、このブログででは止めておくわね。書きたい方はどうぞ。

この表を作ったところで、試しに1週間もしたら、また見返してみるといいわ。
実に不思議なことに、この表を見た時の熱気や圧は落ちてしまっている。鮮度が落ちてしまって、活き活きとしたものが無くなっているような感じかな。こぼれ落ちてしまうのでしょうね。
自分を探すというのは、かげろうのようなものなのよ。
追いかけて、捕まえられそうに見えても、また手の内から消えてしまう・・・。

自分が何者であるか、なんてそう簡単に理解することはできないのよ。像や存在をずっと追いかけ続けるようなものなのでしょうね。

で、私は言いたい。

“自分探しは1日にしてならずぢゃ  つぼぼ”

日本人にはピンとこない おうし座のイメージ

牛のイメージというと、日本人の場合、“臭い”とか、“のろい”ということになるでしょうね。

だから、星占いでの12星座のおうし座のイメージを最初に思い浮かべるのは、そういったものになりがちなんだけど・・・そうじゃないんだな。


西洋占星術でのおうし座は、“ぜいたく”とか“快楽”、“富”というものになるんですよ。


牛はですね、大地の豊かさを掘り起こすもの という意味なのでしてね。


そんなこと言っても、やっぱり、ピンと来ないかもしれない。

だってね、日本人にとって、牛ってさ、やっぱり・・・。

で、牛というものが日本人にとってどんなものだったかを考えてみる。


日本人を歴史的に見た時に、すごく独特なのが、江戸時代まで肉を食べない文化があったこと。

豚肉とか、牛肉とかを口にしないから、他の国と比べて、自然と魚をよく食べる生活になった。

それが、仏教の影響からなんだけど・・・子供の頃、不思議に思ったのが、他の仏教国は肉を食べていたじゃん、みたいなね。

日本人が肉を食べなくなったのは、元をたどれば、675年に天武天皇が肉食禁止令を出したから。

仏教の殺生を禁じる思想に従ったものだけど、この令は少し変わっていて、4月から9月30日と期間限定だった。まるでイスラム教のラマダン(断食)のような感じ。でも、その期間以外は普通に食べてよかった。

しかも食べていけない動物は、牛、馬、犬、鳥、猿。

豚、猪、鹿は食べてもよかった。

実は、牛を食べてダメというのは、田畑を耕すのに使うためという意味があったようで。4月から9月30日というと、ちょうど農繁期だからね。

この期間、農機具としての牛を無くすと農作業に影響が出るから、天皇、つまり当時の政府がね、わざわざ、食べるために殺すなという命令を下した訳ですよ。


その後も、肉食禁止令は何度も出され続けて・・・つまり、実はこっそり肉を食べていたんですよ。みんなね、そんなに簡単に肉を食べるのは止められない。そりゃそうだわね。

で、何百年もかけて、日本独特の仏教が浸透して、肉食がだんだん穢(けが)らわしいものだと思われてきて、江戸時代に将軍 徳川綱吉が、生類憐みの令 を出す頃には、“肉を食べない”文化が日本に定着していったわけですよ。


話は戻りますが、

かつては日本でも、牛はちゃんとね、田畑を耕し、“大地の豊かさを掘り起こすもの”として大事に扱われたというわけですよ。


ところが、江戸時代になると、話が変わってくる。


日本人は、農地に使えそうなところを古代からどんどん開拓してきたけれど、江戸時代になると、もうそんな土地が無くなってくる。なにせ平地が少ない国土だからね。

でも、もっと米の収穫を増やしたいから・・・で、どうしたかというと、同じ広さの農地から、より多くの米を獲れるようにしようと努力した訳ですよ。方向性をちょっと変更したと。

狭い土地で、より丁寧な農業して、収穫を上げる。

良い肥料を使うとかね。

現代人の我々では、イメージをしにくいのですが、狭い土地では、牛を使うより、人の方が良かったりする。

牛に犂(すき)を引かせて田を耕すより、人が鍬(くわ)を振り下ろして、せっせと耕した方が深く土を掘り起こせる。その方が農作物の育ちが良いのですよ。

自分の手で重い鍬を持って、汗かいて耕す方がしんどいに決まっているけど、そっちを選択するしてみたら、稲穂がよく実ったというわけ。


狭い土地を有効活用しようとする農業スタイルで、生産性は右肩上がりになっていく。

で、人力でどんどん耕して、頑張ってしまった結果・・・

江戸時代の間に、米では、同じ広さの田んぼでも収穫がおよそ1.5倍に伸びている。

1.5倍ってすごいことですよ。収入が1.5倍になったら、すごいでしょ。


そんなわけで、江戸時代には、牛ではなく、“人間が大地の豊かさを掘り起こすもの” になっていたんですよね、日本では。


この農業の変化を “勤勉革命” と名付けて、提唱したのが、歴史人口学者の速水 融 氏。

尾張藩の農村部では、人口が増えているのに、家畜が減少していることに注目していた人なんですよ。ちなみに尾張藩というのは、現在の名古屋あたりですよ。


尾張藩でも、米の生産は増え、人口も増えているのに、

当時のデータでは、1600年代半ばから150年の間に、牛などの家畜が半分に減っていたという。

これは何を意味しているのか。

そりゃね、人間だけでやっても、収穫が増えていったんですからね。牛が必要でなくなったので、飼育しなくなったということですよ。

牛を育てるのに、餌の牧草を育てる場所も田畑に変えてしまったこともあるでしょう。

既に、肉を食べる習慣も無くなっているから、食肉用に牛を育てることもない。

牛を育てるメリットがないと。


当時の人たちから見ると、

もう牛には頼らない、人の力で豊かになってやろうとスタイルで、上手くいってしまったわけですよ。

生産性も伸びて余裕ができたから、祭りなど、文化面でも華やかさが増していったし。


で、速水氏曰く、これで、日本人の “勤勉は美徳” という価値観が作られていったというのですな。

人の頑張り、踏ん張りで結果を出すんだという価値観。

それで江戸時代の農業で成功体験をしてしまっていますからね。この価値観は強く支持されていく。


西洋では、特にプロテスタントでは、神のために働くという宗教観で勤勉さが形成されていったのが、日本は経済的に豊かさへの欲求から勤勉さが強く形成されていったと。

日本にも、広い土地さえあったら、牛を使ってどんと広い土地を耕して、楽して豊かになろうと思想になっていたかもしれないのに・・・。

まぁ、牛に働かすより、自分が額に汗を流し、耐えて、苦労して働いた方が美しいと考えるようになった。


一方、人の頑張りで、生産性の高い農業、仕事をしようとすると、どうしても労働時間が長くなる。


その価値観が明治以降の後世にもずっと引き継がれて、今の長時間労働の習慣が日本にはできていったというのですよ。

平たく言えば、多い仕事量を残業でカバーしようという習慣。


最近、やっと“働き方改革”で残業禁止のところが多くなってきたけど、日本の“勤勉は美徳”という根っこの価値観はそう簡単にはひっくり返らないかもしれないね。


まず人が我慢して、努力することで、生産性を上げる。

こういう考え方って、日本人の場合、満員電車とか、東京の住宅事情とか、いろんなところに染み付いているようにも見えますけどね。


ということでね、日本人はですね、

牛が 大地の豊かさを掘り起こすもの というイメージがピンと来ないわけでありますよ。

牛さえ持っていれば、牛に働かせて、富を得て、楽しいことがいっぱいできるという発想はよその国の話でね。便利な道具を使ったりして、力まず、楽しみながら、仕事しよう、暮らそうという発想は、日本ではあまり受け入れられないのかもしれない。テレワークが普及しないのもそのせいかしら。


おうし座は、贅沢とか、快楽とか、富という意味で・・・

“勤勉は美徳” の逆ですよ、と言っても、日本人には理解しにくいのでしょうね。


 

値上げ問題

私のサイトには、西洋占星術を学びたい人のためにアスペクト、ハウス、サインの解説などを表している。

で、最近は私のサイトで星占いをマスターしたという話を聞くようになったのよね。

あるお客さんは、知り合いから、星占いをマスターするには、つぼぼさんのサイトと数冊の本があれば、学べるよと教えられたと。その知り合いというのは、私は鑑定したことも、私の講座も受けたことがないという。

最初は、まぁ、そんな人もいるかなという程度に聞いていたのだが・・・似たような話が続き、中にはマスターどころか、プロになってしまったという人の話も耳にするようになってね。


へぇ、私のサイトで、そこまでマスターできるんだ、と私本人の方がびっくりするくらいである。


札幌にいる時も、同じようにつぼぼさんのサイトとマツキヨ本で独学で勉強しましたという人がいた。

話は少し逸れるが、マツキヨと略されるのは・・・まぁ、このサイトを読んでいる人の多くは、星占いに関心が高い人が多いようなので、“マツキヨ”と聞けば、ピンとすぐに思い付くのだろうが・・・そう松村潔先生である。

略されても、すぐに名前が想像できる星占い師というのは、他にはなかなかいない。それほどに松村潔先生は、西洋占星術界では、ビックネームということであるが・・・マツキヨと略すのはどうかしらね。

その人によると、その占い仲間では、ネット上でもマツキヨで話しているということで、私の知らない若い人の間では、そんなふうになっている・・・のだろう。この略し方に違和感があるのは、私が歳なのかもしれない。


私のサイトでは、正直、文字で伝えられるものを表現しているという感じかしら。

世の中にはね、文字で伝えようとすると、実際以上にややこしく難しそうに見えるものがあるのよね。口で説明した方が圧倒的に早いというものが。歯がゆいのよ。伝えたくても、伝えれないみたいな。だから、そういうものは、今のところ、講座で伝えているのだけれどね。

例えば、私がYouTubeにアップしているアスペクトの見方のVTRなんて、文章だけで表現しようと思ったら、文面を見ただけで、ぞっとしてしまって、ぐっと引いてしまうような難解なものになるでしょうね。

講座では、サイトだけで理解しようとすると、遠回りになってしまうような知識、技術などを伝えているんだけど。だから、サイトだけの情報では、ホロスコープという円盤を回せるようになるには時間が掛かるわよ。きっと。だから、そういう人には講座に出てもらいたいんだけど、まぁ、いろいろ事情があるから仕方ないわね。


でも、まぁ、私のサイトで独学して、プロでやっている人がいるとなると・・・今回は、ちょっとお金の話もしておこうかな。

私の鑑定料や、講座の受講料は良心的とよく言われる。平たい言葉で言えば、安い

特に東京ではかなりお安い方となる。大阪は占い文化がかなり一般的になっていて、相場が安いからね。私の料金は東京ほどはびっくり価格にはなっていないだろう。


なぜ、私の鑑定料は良心的なのかというと・・・私がただ単に値上げに対して、慎重で臆病だからだ。


それには、私の絵描きだった頃の経験があるのよ。

自分の絵を国内外の展示会なんかの時に売っていたんだけどね。基本、絵描きは、自分の作品の値段を自分で決める。


絵描き仲間の中には、派遣社員で事務をしている人もいて、私の日給は8,000円で、この絵は2週間かかっているので、120,000円で売ります。という人もいたが・・・絵の世界は、その作家がどれだけ時間、労力を費やそうが関係ない。1年かけても、0円の作品になることもあれば、10分で描いても、数千万円になる作品もある。

費やした時間でその時間分をお金でもらおうというのは、完全に雇われ労働者感覚である。自分の時間を切り売りして、お金を稼ぐことに慣れきってしまった人の考えだろう。


じゃ、どうやって自分の作品の価格を決めていくのか。自由に価格を設定することができるのだが・・・悩ましい。

そんな時に、オーストラリアのギャラリーさんに言われたのは

値段を上げるのは簡単だが、下げるのは難しい。

ということだ。


分かりやすく、私が見てきた実際の話をしましょう。

自分の作品の価格を自由に決めることができるので、ある作家が、実力的に1作20万円くらいのいくつかの作品を、つい自惚れて50万円という価格設定をしたことがあった。高い。売れるはずがない・・・と周囲の人は思っていたが・・・運悪く売れてしまった。

絵の世界では、時々あることだが、株かギャンブルで当てた人が、酒に酔った勢いで、つい立ち寄ったギャラリーで、買ってしまうのだ。

これは本当なら“ラッキー”と言いたいところだが、実はそうではない。

同じように並んでいる作品は大きさも似ていて、すべて50万円前後の値が付いていた。

1つでもその価格で売れてしまうと、もう、簡単には下げられないのだ。だって、そうでしょ。もし売れないからと言って、30万円にしたとすると・・・前に50万円で購入した人が、ギャラリーを通った時、どう思うか。普通に損したと思うわな。

購入した人でなくても、普通に数ヶ月、数年間ずっと眺めてきた人はどう思うか。

この作家、価値が落ちているな

と悟られるのだ。

作家の価値は、その作家の実力もあるが、ブランドもある。ブランドというと、仰々しいかもしれないから、知名度とか、人気があると言った方が分かりやすいかもしれない。

人気が落ちていると思われてしまうと、余計に客は気持ちは冷めて、さぁーと引いていってしまう。

人気商売とはそういうものなのだ。

絵は生活必需品ではないから、安く手に入れられるようになって、お客が無条件で喜ぶかというとそうではない。例えば、プラダという高級バックが、世界で一斉に値下げをしたら、どうだろう。それまで、高嶺の花だけど、欲しいわと思っていた人が、果たして皆買うかな。

高嶺の花だから、欲しいというところもあるのだ。

だから安くできないのだ。ブランド、人気が落ちたと思われることだけは、避けなければならない。


もしこの作家が、最初から20万円の設定で売っていたら、毎月コンスタントに1作を売ることができたかもしれない。

しかし、50万円では、年に1、2度しか、売れないのだな。

作家として、食べていくにはどっちがいいかはすぐに計算できることだろう。

そもそも自分の描いた絵が世に広がって、多くの人に見てもらえる方が嬉しいだろう。

でも、一回でも50万円で作品が売れると、“私の作品は50万円で売れているんですよ。”とは言えたりする。でも、実体は虚しく、売れないから焦りもでてきて、心も財布もカツカツになっていたりして・・・そんなふうに消えて行った作家を多く見てきたからね。


上のブランドバックでイメージしてもらえれば、分かりやすいだろうが、徐々にでも値が上がって行く分には良い。

しかし、値が下がっていくことは、かなりの人気を失う可能性がある。一気にお客さんが離れていくこともあるだろう。


私は、占い師の価格設定にも同じことが言えると思うのよね。

ブランドが大事でしょう。

この占い師さん、人気が落ちてる。お客が減っている。と悟られると、さらに輪をかけて、お客さんが減っていく。

占いの世界にも、ビギナーズラックのように、最初の数年間は珍しがられて、お客さんが寄ってくるもということがある。これって、飲食店でも同じだよね。

でも、飲食店と違ってさ、同じ実力のままでも、お客が減っているという印象ははるかにマイナスなのよね。


人気の波につい浮かれて、価格を上げて・・・やがて、お客さんが減って・・・それでも、安売りできず、価格を維持しなければならなくなって、経済的に苦戦している占い師さんも多く見てきたしね。

人気があるフリする背伸びも大変なのよ。

そういう場合、価格設定を変える1つの手としては、占いのスタイルを変えることね。

四柱推命から、タロットカードに変えるとかね。

似たようなことに、“数ヶ月先まで予約でいっぱい”だった占い師が、すぐに予約できるようになるわけにいかないから・・・いろいろ言い訳を考えるわけよ。


絵描きの世界でも、版画とかに画法を変えて値段を下げれば、言い訳ができるものね。上の作家は、そんな風にして画風を変えて行って、価格を下げたけどね。


で、値を上がっていく間はいいのよ。

人気が徐々に高まっているという感じが続いているから。


ここまで言えば、分かるでしょ。

私は、良心的と言われる価格でいるのは、よーく、一時的な人気を除いて、本当はどのくらいの需要があるのかしらと眺めて・・・これは、大丈夫と思ったら、少しずつ、無理せず上げていくと。


わたしゃ、星占い師として、この世の中にいたいからね。


私のサイトからホロスコープを学んで、プロになっている人、プロになろうという人には参考になったかしら。


で、私も来年には、ちょっと値上げしようかなと考えてるのよ。少しだけね。

そう、つぼぼさんは人気が高まっているという右肩上がりのカーブを続けることが大事なのよ。

そのカーブは、緩い方がいい。

 

札幌へ行ってきました。人生は選択肢なのですよ。

札幌での講座や鑑定も好評のうちに無事終えることができまして、

札幌の皆さま、ありがとうございました。

 

予定の3週間前に地震があって、北海道全土が停電ということもあって、無理かなぁと思っていたけど・・・講座の参加予定者が無事で、講座を希望されていたので、なんとか開催にこぎつけられたと。

現地で余震も経験したけど・・・、帰りの便は、台風の翌日という、運良く、なんやかんや上手くいったと。

 

で、いろいろ苦労もあったけれど、

なぜ、私が札幌に行ったかというと、単純に、ただ飛行機に乗りたかったからである。

 

ふと天を眺めた時に、青空をひゅ~っと小さく飛行機が飛んでいる、なんてことは普通の出来事ですが、

“そういえば、久しく乗っていないなぁ、なんだか、乗りたいなぁ、飛んでみたいなぁ”と思ったわけですよ。

私は名古屋に住んでいて、まぁ、地形的には日本の真ん中あたりになるので、東京、大阪へは新幹線で行ってしまう。国内のだいたいのところは飛行機より鉄道の方が便利に行ける。

名古屋人が飛行機に乗るとしたら、札幌か沖縄くらいとなるのですよ。

で、札幌でホロスコープ講座をやろうと考えたわけです。

4年半ぶりの札幌ですよ。

 

情報があまりなく、どう実行しようかと思っていたけれど、縁がいろいろできてですね。

札幌の鑑定では、“北海道の母”と呼ばれる占い師の羽妙(うたえ)さんに場所をお借りすることができた。

検索で“北海道の母”と入れれば、簡単に見つかりますよ。北海道では、テレビや雑誌などのメディアによく出られているそうなので、私なんか比べものにならないくらいに知名度もあって、お忙しい人でしてね。

羽妙さんは、月末の週末は、東京の麻布で鑑定している。そのタイミングで私が札幌に行ったので、ちょうど鑑定している場所を開けていて、提供してくれたというわけ。ラッキーでした。

赤レンガ造りのこじんまりとした、カフェ・ロッソというお店。黒くて、ズドンとした古いダルマストーブがあってね。札幌を感じさせる。音楽のセンス、ボリュームも心地良い。

マスターはリーゼントヘアで、腕の先まであるタトゥーを長袖で隠すようにしている。シャイな感じの人で、口数が少ない。カウンターには、釣りのルアーがずらりと並んでいる。マスターの趣味なんでしょう。金属の輝きでいろんな色にきらきらしていてね。私はルアーに興味はないが、そのオタク度も合わせて、なんだかお店全体が上手いこと相まって、落ち着く空間になっていた。

そういう場所で、美味しいコーヒーや紅茶を飲みながら、鑑定できて、心地良かったな、と。

だから、鑑定ではない後日にも、ついこのお店に足を運んでね、一人カウンターでぼーっと、窓の外の歩く人たちを眺めていましたよ。

 

西洋占星術では、定められた宿命といったものは語らない。

例えば、“将来、あなたは看護師になっている”ということは言わないのだ。“看護師に向いている”と言うことはあってもね。水晶占いのように将来の姿が、ビジュアルに見えるなんてことはない。

今あるあなたの生活スタイル、ステージは、生まれてからこれまでの何千、何万という選択の結果なんですよという考え方をする。

西洋的な、“自己責任”という考え方だ。

その上で、運気の良い時、悪い時、追い風が吹く時、向かい風が吹く時が分かるというスタンスである。

 

なんだか、もっとはっきり将来どうなっているのか、具体的に教えてよと言われるかもしれない。

でも、よく考えてみると、そもそも世界中にいるあなたと同じようなホロスコープを持った人が、同じ職業をしているわけではないし、同じ時期に結婚しているわけでもない。

双子の人の人生を見れば、すぐに分かる。

それはその人の住む生活環境の中での、選択の結果なんですよ、ってね。

 

では、何故、西洋占星術ではそんな考え方になっているのか。

実は歴史的な要因が大きいのですよ。

 

西洋占星術の起源は、メソポタミア文明と言われる。今でいう、中東アジア。でも、エジプトにも占星術があったから、本当は、いろいろ混じったというのが、正しいところなんだろう。

惑星の配置を書き出した本格的なホロスコープは古代ギリシャ時代に出来上がる。

で、ローマに伝わっていってさらに発展していくのだが、およそ2000年前には、キリスト教が生まれてしまうわけですよ。

キリスト教は、占星術とか、魔術といったものを禁じた。キリストというより、キリスト教団という組織にとって、神様以外に未来を語ることができるものがいては困ったのかもしれないね。

で、星占い師たちは迫害を受けるわけです。そのため、西洋占星術は衰退していくと。

 

でも、ルネサンス期になると、イスラム圏から、芸術、錬金術なんかと一緒に、占星術も入ってくる。ギリシャの占星術は、イスラム圏にも広がっていたということ。つまり逆輸入ですよ。

ルネサンスというのは、キリスト教の十字軍が聖地エルサレムを奪還するために、軍を派遣するも、当時のイスラムの国々は強過ぎて、すぐに取り返されてしまうの繰り返し。

そんなことを何百年もやっているうちに、イスラムの文化、技術をヨーロッパに持ち帰ってしまうところから始まるわけですよ。

そこで、再び、ギリシャ、ローマの系統の占星術は甦っていくのだが・・・普通に考えて、キリスト教が許すはずがない。それでも、こっそり占星術は支持されて研究されていくみたいな。

 

今から3年くらい前にウィリアム・リリーの「クリスチャン・アストロロジー」という本の日本語訳の本が出版されました。ハード・カバーの本。ウィリアム・リリーは西洋占星術の世界では、“中興の祖”的な偉大な星占い師であります。西洋占星術の復活に大いに貢献した人物ですよ。

鏡リュウジ先生が推薦し、研究者は必携の本と帯に書いたものだから、日本語訳の本は売れましたし、私も買いましたが・・・私はそれほどお薦めしませんね。西洋占星術を身に付けたいという人にとっては・・・現在の医学生が杉田玄白の「解体新書」を読むようなものでしょう。

 

イングランドに住んでいたウィリアム・リリーがこの本を著したのが、1647年。

まだヨーロッパでは、“魔女狩り”が最盛期でしたしね。魔女狩りって言っても、女性だけでなく、男性も処刑されているわけでね。ガリレオ・ガリレイが宗教裁判にかけられて、地動説を放棄したのが1633年ですよ。「それでも地球は回っている」って言ったということで有名ですけどね。

キリスト教、ローマ法王の力は、今とは比較にならないほど絶大だったわけです。そのローマ・カトリックは度々、占星術の禁止令を出していましたからね。

 

でも、この題名に注目すると、“クリスチャン”が付いている。“キリスト教の”ですよ。

そのまま訳せば、“キリスト教の占星術”という題名の本。

占星術の内容を、キリスト教の教義に合うようにしてあるものなのか、ただ単に教会の検閲をパスするために“キリスト教の”と付けただけなのかは、その頃あった他の占星術が分からないので何とも言えないですけどね。

当時、イギリス国教会は、占星術を禁じていたローマ・カトリックに対抗して、占星術を公認していたところがある。ウィリアム・リリーがそんな流れを利用したのかもしれない。

 

まぁ、どちらにせよ、ルネサンスと言っても、占星術を取り巻く状況はそんなんだったわけですよ。

つまり、西洋占星術はルネサンス時代に復活するに当り、キリスト教の洗礼を受ける形になるわけ。

絶対的な権力に従わなって、迎合していかないと生き残っていけないですから。

キリスト教では、人間は自由意志を持っていて、その未来は神の意志によって左右されることになっていますし、定められた宿命のようなものはないとなっている。(こんなことを書くと・・・キリスト教徒といっても、今は、多くの宗派に枝分かれしているので、宿命論を唱える宗派もあるかもしれない。)

 

普通に考えれば、占いというのは、すでに未来は決定づけられていて、それを知るための技法のことでしょ。

 

でも、キリスト教の下では、そのスタンスが取れないので、“星から何らかの影響を受けている”という具合に、中間を取っているとも言えるわけです。

 

そうして、西洋占星術では、定められた未来はなく、人の自由意志と選択と行いによって、未来は変わっていくという考え方がベースとなっているわけです。

歴史的に見て、キリスト教に忖度(そんたく)したためとも言えるかな。

近代、現代に入って、西洋占星術の形はさらに変化していくのだけれども、その考えは深く根付いているわけですよ。

 

マッチョに積極的な言い方をすれば、未来は自分の意志で切り開いていくものだ、となるかな。

私はそれほど積極的な性格ではないが、未来は自分の選択によって変わるという発想の方が受け入れやすいかな。今の自分は、過去の自分の選択の結果という。

「バック・トゥ・フューチャー」という映画なんて、どう見ても、未来は選択によって変わるという思想の上でストーリーができていますもんね。

 

ただ、その流れの上で、追い風、向かい風のように、順調に行く時と、そうでない時があって、それはホロスコープで知ることができると。

 

 

4年半前に札幌に来た時は、まだテレビのディレクターの仕事で、TPPが日本の畜産に与える影響を調べるために取材に来ていた。

フリーのTVディレクターだったんですよ。当時は、政治経済の討論番組を担当していて、・・・一方では星占い師にやっていて、という具合で二足のわらじを履いていましてね。我ながら、報道番組部の統括ディレクターと、星占い師って、なんか怪しくて、奇妙だなと思ってましたよ。

それにしても、まさかその4年半後に、こうしてホロスコープ講座の開催のために札幌に訪れるとは予想もしていなかった。

 

まぁ、これも私の選択の結果ということでね。

宿命、使命なんて仰々しいものではないですよ。

ただ飛行機に乗りたかっただけ。

 

札幌で講座と鑑定をしても、交通費と宿泊費、飲食代ぐらいは十分に得ることができている。

講座は、どこで行っても“これまで受けた西洋占星術講座の中で一番分かりやすくて、面白かった。”と増々言われるようになった。私も講座内容は常にブラシュアップしていますからね。

思うに、この調子で進めていけば、私は国内ならどこへでも行けるのではないかと思った。スナフキンのようにふらふらと行きたいところ、どこへでも行けるのかしら。金銭的にマイナスにならなければ、そんな旅を続けることができる。

自転車に荷物を積んで、“日本一周中”と書いて、巡ることも可能かもしれないと夢想は膨らんだりする。

 

札幌で、名古屋で昔仕事をしていた後輩に会って、

“つぼぼさんは、札幌より、福岡の方が合ってそうだよ。”と助言される。

彼女は、Webの仕事をしているのだが、福岡へも仕事で通っているという。

いろいろ情報も頂けるようだ。

 

なら、来年は、福岡に行ってみようかな。

婚活に星占いを使いましょうよ。

西洋占星術では、多くのことが鑑定できるけれど、まぁ、相性鑑定は依頼が多いわけですよ。

相性鑑定の部類では、まぁ、職場の人間関係というものもあるけど・・・基本的には恋愛がやはり多い。

カップル、夫婦と相手が定まっている場合は、その相性での良い点、悪い点をじっくり挙げて、注意すべき点を伝えていけばいい。

でも、婚活中という人の場合は、とにかく鑑定候補となる相手が多い。

しかも、明らかに良くない場合は、さらっと流して深く突き詰めることもなく、別の候補の人へと話を進めていく。時間がもったいないですからね。

そもそも婚活って、 “ダメなら、次っ!”って感じでしょ。

 

で、婚活の話を聞くとね、まぁ、今はいろいろですよ。

婚活パーティーに参加して、5~20分くらい相手と話をすると、回転すし方式に、別の人にローテーションしていく・・・今は、他にもいろんな形があるようですが・・・上にも書いたように、婚活の現場では、“今回ダメでも、次のパーティーがあるさ” なんて感じで、結構、見切りも早いようで。機会が多くなると、そんな風に事務的で、軽い感じになるのでしょうね。

 

また一方で、年齢のことでは、相手の希望の年齢枠があって・・・40代になると、紹介される相手の質がガクンと落ちるのだそうで。(あくまでその人個人の感想です。)

で、逆に、その紹介される相手を見て、こんな人としか会うことができない私って・・・“今の私って、この程度の価値しかないのかしら” と気分が滅入るので、結婚相談所などには行かなくなったという人にも何人にも会ってきたわけでして。

それに、便利なサービスではあるけれど、金額が高くて、お財布にはダメージが大きいという話も聞くし。

 

プロフィール上では、相手のことを知っていて・・・何だか趣味も合いそう。

でも、いざ、会ってみると、引っ掛かるところない・・・。

 

で、私はですね、そんな話を聞く度に、星占いをある程度使ってしまえば、もっと無駄なくスムーズにマッチングができるのではないかと思うのですよ。

趣味とか、生活習慣とか、そういうので気が合う人を見つけていくのもいいですがね・・・それであまり上手くいくことがなく、もう婚活にうんざりしているようだったら、ホロスコープでの相性鑑定の技術も使ってみてはいいのではないかと。

ということで、今回はアドバイザー視点でホロスコープを活用することをお伝えしますね。

 

ただ最初に言っておきたいのは、“結婚ありき”とか、“結婚すべきですよ”という前提では、私はないのですよ。

ホロスコープを見れば分かるけど、一人が平気、一人好きというタイプの人もいるからね。さらに財力もあったら、まぁ、結婚を必要としない人もいるでしょうしね。

でも、婚活サイトや結婚相談所を利用している人は、結婚を望んでいる人ですし、それを自覚しているし、さらに言えば、まぁ、普通に生活の中で、出会いを待っていてはなかなか出会えない人なのでしょう。出会いを待っていたら、年取っちゃう。女性ばっかりの職場だったりするとそうなりますわな。

で、都合の良い日時に、出会いの数を増やすためにそういった婚活のサービスを利用している。

つまりね、効率を求めている ということでしょ。

効率よく出会いたいという考え方を持っているわけだし、ならば、さらにより効率よく相性の良い異性に出会うためには、星を読んでしまえばいいんではないですかと言いたいわけですよ。まぁ、星占いですから、参考にしかならないでしょうけど。

 

相性鑑定では、

・相手の生年月日で、その人の性格、運気を読むことができる。

・2重円を作ることで、自分とその人との相性を読むことができる。

 

ある程度、お付き合いのする相手の候補が絞られていけば、普通に相手との相性鑑定をすればいい。

だけれども、まだまったくノーマークの場合、

ホロスコープの2重円を読んでいけば、計算して相性のいい相手の生年月日を特定できるというわけ。数万人単位で登録者のある結婚相談所、婚活サイトの中には、その生年月日の人物をデータから探し出すことができるんじゃないかな。そんなサービスしていない? 相談員に言えば、紹介してくれないかな?

最初から相性の良さそうな相手と出会っていく機会を作っていく方が、むやみやたらに出会うより、確率がぐっと上がるというわけよ。無駄な時間が省ける。

 

婚活アドバイス例えば、燃えるような恋愛をしたいのだったら、自分と相手で、金星♀、火星♂、冥王星♇あたりでグランドトラインやTスクエアができる人を紹介してもらうといいだろう。金星♀と火星♂のアスペクト(私はこれを“エロ星”と呼んでいる)だけでも十分に引き付け力があるが、せっかく数万人の中からリクエストできるなら、3つ以上の星で作れられる複合アスペクトを利用したい。金星♀、火星♂のエロ星に、セックスを意味する冥王星♇を加えた複合アスペクトで、吉角より凶角の方が、引き付け力が強い。鑑定していても、この相性を持っているカップルの場合、かなり恋の炎が燃えるようで、駆け落ちレベルになったりする。鑑定した人の中には、普段はすごく真面目な男性が、この相手とだけは不倫に陥って、行為を楽しんだりする。“なぜか、この相手とだけはこうなってしまうんです”と話された人もいましたよ。まぁ、恋に陥りやすい相手ですよ。

 婚活アドバイス2財運を上げたいのだったら、自分のMC上に木星♃のある人とか、複合アスペクトでいうなら、木星♃、冥王星♇で吉角のアスペクトを作っている相手でしょう。木星♃、冥王星♇のアスペクトを“ミリオネア星”という。そのミリオネア星ができるだけでも“食うに困らない” 財運をもたらすというものだけど、これにもう一つの木星まで加わってグランドトラインが形成されれば、さらに強い財運をもたらしているようだ。なかなかこんな相手、普通では出会えないけどね。



婚活アドバイス3楽しい会話のあるカップルになりたいのだったら、水星☿、金星♀の吉角に加えて欲しいところだね。私はこの水星☿金星♀のアスペクトを“おしゃべり星”と呼んでいる。同性でも、この水星☿金星♀の、特に0度吉角があると、出会ってすぐに話が盛り上がり、親友になってしまうことがある。

相性にはいろんなパターンがあって、それらは私のアスペクトのサイトでも見ることができるし、講座でも実例を挙げて伝えている。ホロスコープの鑑定では、結婚相談所や婚活サイトの性格や条件のマッチングテストでは出てこない多面的な相性の形が出せるんだよね。

 

そんなふうに自分にとって良い相手のホロスコープの星の配置を思い浮かべることができても、その生年月日を見つけ出すには、星占い師としての腕前が必要となる。水星、金星、火星などのスピードを知っておき、だいたいの計算、目安を立てられるようにする必要がある。

 

1つの星座をそれぞれの星が通過する年月は、だいたいの目安として、

太陽は1ヶ月

水星も1ヶ月前後

金星も1ヶ月前後

火星は2ヶ月前後

木星は1年

土星は2年半~3年

天王星は7年前後

海王星は15年前後

冥王星は12~27年

 

だいたい何年後、何か月後には、この辺りにあるな、というのがイメージできるようになると、星の移動する場所の見当が付くようになるわけ。そうすると、自分の求める相手のホロスコープが何年何月何日ごろにできているかということが読めるようになる。

 

顔写真とプロフィールが目が回るほど羅列していて・・・“下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる”という感覚で、次から次へと接触していても、まったくピンと来ないようならば、ホロスコープから自分の望む相性の相手を、ある程度絞り込んでおいて会っていく方が、“当たる” 確率が上がるんじゃないかな。

 

パーティー形式では、そんなことがどこまでできるか分からないけどね。相手の生年月日を事前に知ることができれば、誰を狙っていけば、一番、いい感じになるかその可能性は分かる。そんな個人情報を教えてもらえるのかしら?

私が結婚相談所のスタッフだったら、確実にときめいて盛り上がる婚活パーティーを構成するんだけどなぁ、と思うこともあるが、男女10人ずつ参加だとしても、100通りの相性鑑定をしなければならなくなる。ちょっと多過ぎて、無理かな。

ホロスコープの相性を自動計算できるようになれば、可能なんだろうけどね。どこかの婚活サイトで作ってくれないかしら?

 

そうは言っても・・・そもそも、生年月日で選んだ相手とまず会おうとしても、相手がこちらのプロフィールや顔写真を見て、接触することに応えてくれるとは限らない。特に年齢が離れていたりするとね。

かなりよい相性ならば、会うことができれば、カップルになりやすいと思うのだが・・・初対面から、引き付け合うとは限らないしね。

いろいろ面倒な手続きがあるけれど、会ってみる価値のある人を割り出せると。

効率よく、合いそうな異性に出会えるようになると。

ホロスコープの読める人ならば、試してみてもいいんじゃないかな。

 

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