星占い師 つぼぼのホロスコープ星占い ブログ部

東京鑑定は10月20日(金)までです。名古屋鑑定は10月24日(火)~30日(月)です。 大阪鑑定は11月1日(水)~6日(月)です。大阪ホロスコープ講座11月3日(金・祝)、5日(日)に開催します。 詳しくは本サイトをご覧くださいませ。http://tsubobo.com/contact.html 「星占い師」で検索してもらっても、本サイトがトップに表示されるようになりました。ありがとうございます。

本サイトは http://tsubobo.com アスペクトから学べば、ホロスコープ星占いを楽しく実践的に習得できますよ、と言いたい。自分や他人の性格、運気の流れを読めるようになると、人生が楽になります。

大阪

旅する 4月

1年半ほど、連絡が途絶えていたYくんからメールが届いて、飲むことになった。
場所は六本木の居酒屋だ。私は、場所はどこでも良かったのだが、私とYくんの住んでいるところの中間ぐらいが六本木だったから、その辺りにした。
Yくんが事前にスマホで店を探し、予約をしてくれたのだが、3,000円飲み放題で、しかも個室が予約できたという。そんな安いお店があるのかと思い、怪しんだが、それはそれで面白そうなので、期待もした。時間が早めで、ハッピーアワーだったからかもしれない。若い人はネットを駆使して、行ったことの無いお店でもいろいろ探すものだ。
場所は六本木の交差点のすぐ近くだった。
平日の夕方だから、店に着いても、他にお客はいなかった。
まだ5時前だった。ほんのりとまだ外は明るかった。お店の開店まで10分ほどあったが、店の中に入れた。全体的に黒色の色調のお店だった。
入ってすぐのところに立っていた若い女性スタッフさんに、Yくんの予約の旨を伝えると、私の声が聞こえたのか、少し奥にある小さな扉が開いて、Yくんが手を振ってきた。相変わらずにやけた笑顔だ。暗くて見えにくいが、少し陽に焼けているようだ。
小さな扉は・・・スライドドアといった方がいいかな。がらがらと音を立てる戸だった。
部屋の広さは、押入れほどだった。1年半ぶりだったのに、“元気にしていたー?”といった挨拶も無く、まず部屋の話の方が十分に盛り上がってしまった。文句ではなく、面白かったので笑えた。
既にYくんは座っていて、私が入ろうとすると、片一方の脚の上に載せていたもう片一方の脚を、身体をねじらせながら降ろした。お尻をくねくねと動かして、席の奥へずれていってくれた。テーブルの下にベンチ椅子がもぐりこんでいて、膝を立てて立つことができなかった。L字型の席だった。奥へ行く途中、Yくんはお尻を歪めて、直角に曲がっていき・・・。私もテーブルに腕をかけ、膝を曲げたまま、横向きにお尻で進んでいった。

東京って、すげぇな。六本木って、やっぱり、都会の真ん中だよな。

Yくんは美容師で、名古屋出身だ。3年前ほどに東京へやってきた。
腕は良く、名古屋にいた頃には、美容師のコンクールでの優勝を目指して、深夜まで練習に励んでいたのだが、残念ながら準優勝になってしまった。優勝をしていれば、パリへの留学ができたのだった。
パリへの夢は大かった分、それは深い失望に変わってしまった。彼はあまりに頑張り過ぎたのか、燃え尽きてしまって、名古屋を去ることにした。
その名古屋を立つ日の午前中に私は鑑定をした。それがYくんとの出会いだった。そして、鑑定が終わったお昼に彼は、バイクで東京へ向かった。ぶらぶらと駅の駐車場まで一緒に歩いていき、彼の背中を見送った。5月の新緑の季節だった。地下の駐車場からど太いエンジン音を立てて坂を上っていって、駐車料金の機械にお札を入れた後、バーがさっと上がって。逆光の中の彼がまぶしかったな。

意外だったのが、偶然というか、私も縁あって、彼より数か月遅れて、東京で鑑定するようになった。
Yくんとは東京でも会い、鑑定をした。というか、彼は星占いを教えて欲しいというので、個人レッスンを数回行った。Yくんは美容師だけれども、姿だけでなく、心の面でも自信を付けさせられる人間になりたい。そんなサービスをしたいということだった。
まぁ、私も彼に髪を切ってもらいに行ったりして・・・前は横浜のお店で働いていたこともあって、電車とバスを乗り継いで行って、
彼が雇われていた美容室の席に座り、鏡に向かって、

「つぼぼさん、どうします?」
「まぁ、カッコ良くしてくれれば、何でもいいよ。」
「・・・カッコ良くできますが、毎朝、ちゃんとジェルとかやってくれます?」
「・・・自信はないけどね。まぁ、頑張るよ。」

という具合で・・・彼はふふっとにやけた笑みを浮かべて・・・切ってもらった。

今、テレビ番組で、平日の午後とか、土曜日の午前中に、素人さんが、服装のプロにファッションコーディネイトをチェックしてもらって、Before、Afterでどんだけカッコよくなったかを見せるコーナーがある。
カッコよくなったお母さんや、お父さんがスポットライトを浴びながら登場し、家族が“うわ~っ”と微笑ましく驚くというお決まりの展開だ。
私もそんな感じだった。

私もおお~っと、カッコいい髪型にしてもらったが、翌日には再現不能だった。

で、1年半前にも星占いの個人レッスンをした以来、音沙汰が無くなってしまっていた。

彼はどこに行っていたかというと・・・海の上にいた。
世界を周遊する客船付きの美容師になっていた。彼はその仕事のオファーが来た時、10分で返事をしたそうだ。星占いのできる美容師を目指していたが、心が奪われてしまって・・・決めるのにそれほど時間はかからなかったそうだ。
日給制で、収入は良いわけではないが、夜の6時にはきちんと仕事が終わる。
船の上では衛星回線でインターネットをして過ごしたそうだ。つまりかなり回線料が高額ということで、ネットには多くは繋がなかったそうだ。ただ、ホロスコープだけは他人のも含め、1日に何度も見ていたという。いろんな都市に寄るとはいえ、海の上にいる方が多い。テレビもない、ネットもない。
東京では見られない満天の星空を、退屈するほど眺めたことだろう。
そんな1年半の船旅で、Yくんは地球を2周した。

私は彼がそんな仕事をしているなんて全く知らなかった。
Yくんからメールが久々にあった。彼はショートメールばかり使うのだが・・・送り主の名前が無い。文中にも名前を書いてこない。メールの内容もぶっきらぼうで、だが、そんな人間は彼しかしないので、1年半ぶりでもすぐにYくんと分かった。

いくら居酒屋の個室が流行りとは言え、都心の地価が高いとは言え、L字型で1畳半ほどの広さで部屋を作ってしまうなんて、世界広しと言えども、東京ぐらいなものだろう。
背中には一応、水槽があって、青い光の中を熱帯魚がゆらゆらと泳いでいた。
コースの料理が運ばれてくるが、置き場に困る。手をまっすぐに伸ばせば、正面の壁に手が届いてしまう。それほどテーブルは狭い。そこにカセットコンロの鍋ものが来たりした。

私は、彼の旅の話を聞きたかった。アストロ・カート・グラフィという緯度経度によって運気が変わるかどうかを検証したかったのだ。鑑定や講座で、今までもいろんな人から話を聞いて、結構当たるなぁとは思っていたが、これほど多くの地域を周っていれば、より確認できるチャンスだと思った。

Yくんが印象的な場所だったというのは、キューバのハバナだったそうだ。
実際、彼のホロスコープで、ハバナの緯度経度を入れてみると、MCに火星が来て、交遊関係の11室に太陽が来た。Yくんが男性的にいられて、友人とも楽しくいられるところだ。
でも、彼の船が停泊したのは、どの街でも2,3日だそうだから、友人ができたかどうか。まぁ、いい男だからモテてはいたろう。

日本がいくら格差だの、何だのといっても、キューバに比べれば、全然マシ。
市場で売っている野菜とか魚とか、むちゃくちゃですよ。ぶらぶらしてるおっさんはいっぱいるし。

彼はキューバが良くない場所だと話すが、表情を見ていると、もっとそこに居たかったと言ってるように聞こえた。

その他にもいろんな場所の話を聞いた。アイスランドでオーロラを見たとか、バングラディッシュのご飯は汗臭かったとか。ブラジル、スペイン、エジプト・・・まぁ、あることない事、いろいろだ。
あまりに場所が多くて、そのくせ、滞在期間が数日なので、とてもアストロ・カート・グラフィの検証とはならなかった。まぁ、話が楽しかったから、いいや。
それだけいろんな場所に行っていて、時間がたっぷりあれば、普通ならブログかインスタに載せるところであるが、彼はSNSの類はとっくに止めていた。

Yくんは今、29歳だ。
このぐらいの若者でも、常にネットで人と繋がっていることが心地良いとは思っていない人もいるものなのだな。
調子の良い時はいい。でも、人生には波があるから、悪い時というか、人に見られたくない、会いたくない時だってある。
彼がSNSを止めていたのが、そんな理由からかどうかは分からないが。

船の上から毎日のように海を眺め、一人、言葉の通じない国を散歩し、口に合わない料理を食べて、
そういった経験を自分に一人の中に仕舞い込んで、熟成させていったのだろう。
世界を2周もすれば、ちょっとやそっとの出来事では人に伝えたいという気持ちは湧かなくなるのだろうし。

私らは、薄暗い照明の下、身動きもままならない1畳半ほどの部屋で、安い日本酒を飲みながら、海の匂いと世界の街と星占いの話をした。

Yくんは、4月から中国で仕事をするそうだ。だからもう今は中国にいる。
そして8月から再び船に乗る。
地球3週目の旅だ。


3月の連休には、もう一人、20代後半の女性を名古屋で鑑定した。
彼女は、オーストラリアのワーキングホリデーで働いていたのだが、今度は東欧の国へ行くらしい。
もう移住は決まっていた。
ただ、“確認”のために日本に寄ったついでに、私に鑑定を依頼されたのだ。

オーストラリアは、大きな四国のような形をしている。
その真ん中あたりは、砂漠だ。オレンジ色の巨大な岩、エアーズロックなんかが鎮座していたりする。
私はオーストラリアには何度も行ってるので、だいたい知っているのだが・・・日本人はたいていゴールドコーストとか、シドニーとか、海辺近くの都市に住みたがるのだがね。
アメリカもそうだが、街の名前にスプリングス(泉)と付いているというのは、周囲は砂漠だらけだったりする。
彼女はそんな赤く乾いた地域のホテルで働いていた。

3日間だけ、日本に寄った。
彼女は日本人だ。
けれども、日本には居場所が無いという。
そして彼女が行こうとしている東欧の国でホロスコープを作ってみると、MCに土星が掛かっている場所であった。これもアストロ・カート・グラフィという手法だ。
MC土星の場所は、肩書は付くが、責任や役割、重圧が掛かってくるところとなる。
彼女は昔からその場所が気になっていたから選んだそうなのだが・・・鑑定は当たっていたようだ。その国のビザを得るためには、ビジネスを行なわなければならない。だから、彼女はとりあえず事業者として申請している。言ってみれば、経営者だ。肩書きは付いてくる。
ただ、MC土星という場所は、やる事が多くなるのであまりお薦めしない場所なのだが・・・

私はふわふわと生きてきて、どこにも留まることができずにいたんです。
家族との関係にもいろいろ事情があって、日本に居られない。
だから、自分がしっかりしなければならない場所ぐらいがちょうどいいんです。

キャリアケースと大きなバックを持ち歩いていた。
私と会う前の日も、次の日も故郷の街に帰ることはない。
日本語フォントの入ったスマホを持っていないという。このコもSNSの類はしないのだろう。

この女性も、4月にはすでに日本にいない。


上の若い2人には“行きたい場所”は、特に無いのだろう。

有ったかもしれないが、分からなくなってしまった。

行きたい場所が分からないから、旅しているんだよ、ってね。

まぁ、多かれ少なかれ・・・みんな、そんなもんだよねぇ。



西洋占星術は“誰でもできる”という思想の上にあると思うのよ

先日、東京では6回目となるホロスコープ講座を開催し、また大勢の人が星占いを学びに来てくれましてね。十数席、4回ともほぼ満席でした。深く御礼申し上げます。

で、西洋占星術を知るには、そのベースとなる西洋人の思想というものがありまして、ですから、西洋占星術を学ぼうという人は、頭の片隅にそもそもの西洋人の思想というものを理解しておく必要があるわけですね。
私が思うに、その西洋人の思想というのは、・・・このグルーバル化時代にそんな説明は野暮かもしれないけれど、基本的には“効率化”“合理的”ということを優先しているところがあるわけで。
で、その“合理的”というものを達成するために “だれでもできる” ということを広く目指しているわけです。
この “だれでもできる” というのは、平たく言えば、達人でなくても、熟練者でなくとも、修行した者でなくても、皆が簡単にやれてしまうようにした方がいいじゃんという考え方なわけです。
だって、だれでもすぐにできるようになった方が人間社会にとっては得なことが多いから。

古くはアダム・スミスの「国富論」。社会科の教科書に載っていたやつですよ。安全ピンを皆で手分けして作る話。職人一人で、鉄を延ばして、切って、先を尖らせて、曲げて丸めて・・・なんてやっていると、1日にせいぜい20本しか作れない。しかも、全行程をマスターして一人前に作れる職人になるには、とても年月が掛かるわけですよ。ところが、安全ピンを作る行程を18に分けて、鉄を延ばす人、一定の長さに切る人、尖らす人、曲げる人・・・と分業化すると、10人の工場でも、1日に48,000本も作れてしまっているという話。1日20本作れる職人が10人いても、200本だから、40倍の効率上がるというわけ。しかも、一人で安全ピンを作れなくても、1、2つの行程をマスターするだけでいいから、全行程を覚えるほど年月が掛からない。だれでも工場で安全ピン作りに参加できてしまう。時間が大いに節約できて、多く生産できる。その方が社会にとっても良いでしょ、というお話。

この考え方が定着化して、その後の欧米の工業化を支えていく。
さらに発展させたのが、フォードというアメリカの自動車会社。ベルトコンベアーを大々的に工場で稼働させて大量生産し、T型フォードという自動車を大量生産してしまう。
で、上のアダム・スミスの発想の延長線上にあるから、その工場で働いているほとんど工員は自動車を一人で作れるわけないし、作れなくてもいいやという割り切ったモノ作りをしている。工員一人一人にそれほどの技量は必要とされない。普通の人でも自動車作りに参加できる。それでいい。効率良く、安く大量に自動車を作って、世に出した方が、社会全体が幸せになるから、と考えた。

その工場の流れ作業を飲食業会に取り入れたのが、マクドナルド。
マクドナルドは兄弟でロサンゼルス郊外のレストランを経営していた。熟達したコックの作るハンバーガーを肉の大きさや熱のかけ具合などを徹底的に分析して、マニュアル化して、それこそアルバイトの人間でも作れるシステムを作った。そして、マクドナルド兄弟はハンバーガーを商品のメインの店にしつつ、給料の高い熟達したコックを解雇したと。で、時給の安いスタッフでも、熟練コックの味を出せるようにして、利益率、スピードを上げた。分業化とマニュアル化で、“だれでもできる” ようにして、成功を生んだわけよ。
そんなマクドナルドのシステムは、多くのレストランに取り入れられていく。今は、マクドナルドの限らず、その工場生産に似たシステムで、従業員の教育養成時間を限りなく0に近い状態を目指している。そんなだれでも料理ができるようにしている飲食店のチェーンは星の数ほどあるからね。全国展開しているお店では当たり前のシステムになっている。

上の例を挙げると、これは西洋人の思想というより、資本主義の思想でしょ、と言う人もいるかもしれない。
でもね、もともとの日本人の思想とは違いがやっぱりあってね。例えば、戦国時代。
1543年、種子島に火縄銃が伝わって、コピーして、あっと言う間に日本は銃大国になるわけ。1600年の関ヶ原の戦いでは、東西両軍で何万丁もの銃が使われたと言われてる。日本国内で所持しされていた銃は何十万丁とも。ここは諸説があるので、数字については、追求するのを止めて・・・でも、この1600年当時に世界中で見ても、これほどの銃を所持していた国はほぼないわけよ。日本は世界トップクラスの銃大国だったわけ。
で、江戸時代に安泰な世の中になれば、当然、武器は必要と無くなるのだけれど、日本人は銃ではなく、刀を選ぶのよ。
少し想像してみれば分かるのだが、刀で人を殺傷するのは結構技術が必要なんですよ。人を刀で刺すと、肉で締まってしまい、なかなか抜けない。その間に他の敵にやられてしまう。だからできたら、刺すより、流れるように切った方が良い。でも、それには技術が要る。その技術を身につけるには時間が掛かる。刀で戦うには、何より、刃が届く範囲まで近づかなければならない。それに比べれば、銃で人を殺傷する方がよっぽど簡単ですよ。

当時の火縄銃は完成度が低いから、扱いにくい点もあったから手放していったこともあるだろうけど・・・でも、そこは職人たちが改良していこうとかね、考えても良さそうでしょ。銃って、やっぱり殺傷能力が高いから、国の中にいっぱいあると物騒だからって、でも、元寇のモンゴルのようにいつ外国が攻めて来るかもしれないから、今の人の発想なら、国としては銃をメインの武器にするでしょ、普通。

でもね、日本人は刀に、武士道とか剣道とか、特有の美徳を見出してしまうのだな。剣術をマスターするには、かなり時間の掛かるトレーニング、修行が必要とするものなのに。またその師匠の下での長く、苦しいトレーニング、修行することに価値を置いている。しかもどこか宗教的、哲学的だったりする。それはまぁ、それでいいところもあるのだが。
しかし、時代が下って、薩長同盟が倒幕する時代。長州より、幕府軍の方が侍というプロの兵士の数では圧倒的に多い。だが長州は、農民でも漁師でも兵隊になれるような組織を作って戦った。そしてプロ集団の幕府軍に戦で勝っていく。それを実現させたのが、やっぱり銃なわけですよ。銃を使えば、人を殺すためのトレーニングの量が圧倒的に少ない。だから農民や僧侶すら、だれでもすぐに実戦的な兵隊に仕立てることができたわけですよ。
1600年頃、最大の銃保有国だったと思われる日本は刀に戻ったけど、西洋人はせっせと銃を進化させていた。だって、銃の方が武器として簡単に扱え、効率的に戦えるから。その銃を薩長同盟は上手に利用したと。
“だれでもできる” という状態にすることが、トータルで見ると力を大いに発揮する、メリットが大きい、成果を出せるという思想なんですよ。

結局、何が言いたいかというと、西洋占星術って西洋人の思想がベースだから、やっぱり “だれでもできる” というものが目指されているのではないかと。
もしくは “だれでもできる” という具合に、大勢の人が使えるようになることで、社会全体の幸福度が増すように考えられているのではないかな、と。その方が成果が出せると。まぁ、西洋人全員がそう考えているわけではないので、100%とは言わないけど、その方向性に向かっている、その方向に流れていってると思うわけですよ。

一方、日本人はと言うと・・・剣術や職人の世界の如く、師匠の下で修練し、耐えて耐えて、技量を高めていくことに美徳を見いだしている。どこかMですわな。
私は絵を描いていたのだけれど、日本の絵画の世界もそれに近いものがあって・・・よく「○○会」なんてあるけど、狭い組織を作って、その中である絵の先生を頂点にピラミッド構造ができている。実はその頂点の画家さんの作品を買って、生活を支えているみたいところがあったりするわけでね。華や茶道の組織に似ている。がっちりとした師匠と弟子という上下、従属関係ができていることが多い。
だから、そういう会に属している若手の絵描きさんは、海外に進出するチャンスがあっても、師匠の許しが無いと出展できなかったりする。

日本人の中に、“学ぶ”ということはそういうものだという思想が入り込んでいるのかな、と思う。学校や塾ではフラットに教師と生徒の関係ができているのに、“習い事”となると、師匠と弟子のような上下関係ができている状態で習得する形をついつい作ってしまうというか。師匠を崇め、従属したがる。一方、師匠の名や威光を借りたがる。
で、占いの世界も、師匠と弟子という関係が習得するに当たって、自然とできてしまっているような感じがあるのだな。
私は、西洋占星術の人間なので、東洋占術についてはとやかく言える立場でないので、東洋方面の方々はどうぞそのまま続けて下さい。

職人の世界では、西洋でも東洋でも、師匠と弟子という形ができているだろうけど、西洋人は、その関係をフラットにして、できることなら “だれでもできる” という形に持って行った方が効率的だと考える傾向があるのではないかな。
例えて言うなら、パティシエはケーキを作るために、師匠、弟子という関係を作るのだが・・・でもより多くの人に普段からケーキを食べてもらって幸せの数を多くするには、シャトレーゼのように工場で作ってもらった方がいいな、みたいな。パティシエのレシピを、まったくケーキを作ったことないパートやアルバイトの人でもマニュアル化と分業化することで、味を再現していくような。
一方、回転寿司やチェーン店のラーメン屋さんでもここ20年でずいぶん改良された。分業化、マニュアル化は、技術を進歩させて、成果を出しやすいだよね。

だから、西洋占星術も、“だれでもできる”という方向、習得しやすい方向に進化していくのが当然の傾向、と思う。日本人は師匠とか、弟子とかにいうようなものにこだわるかもしれないけど・・・。西洋のモノを取り入れても、学び方を日本風にアレンジしてしまって・・・そんなものにこだわっていると、幕末の頃の武士のように時代に取り残されていくのだろうね。
だって、ハリーポッターを見れば分かるけど、西洋では魔法使いですら、学校で学んでいると考えるんですからね。まぁ、これは冗談ですが。

教える方も、華道や茶道のように、ピラミッド構造の組織を作ろうなんて考えない方がいいと思うのよ。近代以降の西洋人の考え方にそぐわない。それより “だれでも習得できる” というように教え方を改良していくことに尽力すると。秘伝とか、門外不出、修行といった言葉は、西洋占星術には似合わないような気がする。それより多くの人にどんどん習得してもらって、活用してもらう方が社会全体の幸福度が増すと思うんだよね。

“だれでもできる”ということが意識されていれば、マニュアル化、分業化しやすいし、進みやすい。

実際、西洋占星術は、ネット上では分業化が進んでいるような気がするのよ。
ホロスコープチャートの作成サイトを作っている人、ハウスやサインの説明をしている人、私のようにアスペクト表を作っている人、小惑星の説明をしている人、海外のサイトをどんどん翻訳している人・・・。各々が得意な分野、部分でサイトを作っていたりするよね。

四柱推命とか、九星気学といった東洋占術には、こういった傾向がネット上では見られない。どちらかというと1つのサイトで完結するように作られている。

西洋占星術はこの形でいいと思う。
この方が、西洋占星術が発展・普及するのに役立っている。皆が情報や知性を交換できるネットとは相性が良いのだろう。この先、分業化も進むかもしれない。
対面鑑定の占いの現場でも、本当は分業化して的中率やアドバイスの能力を高めることができるのかもしれない。ハウスを読む人、サインを読む人、アスペクトを読む人、MCとASCを読む人、小惑星を読む人、ドラゴンヘッドを読む人、サビアンを読む人・・・なんてね。実は共同作業しやすいものだったりして。やったことないけど。
別に対面鑑定でも、1対1である必要がないものね。星占いユニットやチームを作っても良いはずでね。ただ実際は気が合う人間でないと、難しいだろうけど。分業化できれば、各個人は、星占いの中の、自分の得意な分野だけ極めて行けば良いのだから、トータルでの技量の上達も速いよね。

よくある有料の占いサイトは、あの鑑定結果の文章をかつては1人の占い師が2、3年かけて書いていたのよ。でも、今は、占い専門のライターさんが手分けして書いて、数ヶ月で完成させているものね。西洋占星術は特に作りやすいんじゃないかな。分業化しやすいだろうから。太陰暦(月の暦)をベースにしている占いだと、暦そのものの制作が大先生に支配されているので、かなり難しいと思う。東洋系の占いは、その“秘技”なところに価値を置いていたりするんだけどね。
あと霊視とか、タロットとか、ベースが超能力に頼るものは、機械化が難しいだろうね。というか、機械化すること自体がおかしい。西洋占星術や四柱推命といったデータ型の占いに比べてさ。

で、次回はこの延長線上の、私の近い未来の西洋占星術についての想像、妄想を書きたい。

ドローン

4枚の羽根が、ブーンとも、キュイーンとも聞こえる音を立てて上昇していった。
100mほど登ると、地上から見上げていては、とても気づかないほどの大きさになっている。さらに北に400mほど移動する。
白い機体が、背景の雲と混じってしまい、もうどこにあるのか探すのが大変なくらいだ。
ドローンを揚げるに当たっての、国交省の作ったルールにより肉眼で見える範囲でしか飛ばせないことになっている。
木曽川の河川敷は大きく広い。公園も作られている。梅雨の合間の晴れた日にドローンを飛ばしていた。
ドローンはいろいろと世間を騒がせたため、私は飛ばすことは難しいではないかと思っていたが、都市部以外は役所の許可が無くとも飛行可能な場所は案外多い。名古屋圏では、ちょうど私が住んでいるところより西側はほとんどOKなのだ。

平日の河川敷は誰もいない。野球場3つ分くらいの広場があって、目の前にはうっそうとした雑林が川に沿って伸びいていて・・・。遠くの方に、バツーカ砲のような大きなレンズを付けたカメラを並べた年配のおっちゃん達が並んでいる。十数台の車が路上駐車していて、その車と車の間におっちゃん達はいる。まぁ、バツーカ砲というのは言い過ぎかな。おそらく珍しい野鳥を撮ろうと構えているのだろう。木曽川付近にはそんな野鳥が多い。夏でもうぐいすの鳴き声が聞こえてくるし。三脚にカメラを立て、組み立て式の椅子に座って、じっと待っている。迷彩色の服を着ていたり、レンズのカバーまで迷彩色だったりする。装備もカメラもプロと変わらない。
定年後の時間とお金を趣味に興じているのだなぁ。

私は名古屋に帰ってきていて、余裕の時間が有ったので、地元の友人Aと遊んでいたのだ。
前々からドローンを飛ばして遊ぼうと言っていたのだが、なかなか時間が合わず、できずにいたのだ。それがやっと互いに時間が合わせられたという感じだ。
リモコンの操作盤にはiPad miniが取り付けられていて、それがモニターとなっている。ドローンのカメラが写している風景をリアルタイムで見ることができる。空にすーっと上がっていくときの映像は、まるで昇天していくかのようだ。iPadに映っているので、静止画や動画で保存することも簡単にできてしまう。高度も、距離も画面に出ており、高さが120m近くになったり、バッテリーが切れかかると警告音が鳴るようになっている。優れものである。中国製である。
彼曰く、“これを作った人は、オタク心をよく持っていて、商品としての完成度を高めているね。かつてはこういうものを日本人が作ったのだろうなぁ。”

なるほど、確かにこのドローンはよくできている。操作性がとても良いのだ。高度、旋回、前後右左と思い通りで不自由さがない。ドローンは世間の話題にはなったが、100m近く高くを飛んでいたら、ほとんど人に気づかれることはないだろう。姿も小さく、音も小さい。ポツンと宙に浮いている。ずっと同じ場所に浮かんでいられる。

私が操作させてもらっていると、堤防の上の道路をスポーツタイプの自転車が2台つるんで走ってきた。遠乗りだろうか。だから私は、ドローンを並走させた。すると自転車に乗っている2人はドローンににっこりと手を振ってくれた。

「こういうものを持っていると、人を驚かしたくなるな。」

そういうと彼はにやりと苦笑いをした。向こうにはこっちの姿が見えないからね。
いろんなことができそうなので、ただ空からの風景を眺めているよりは、人のリアクションの方が楽しくなってくる。いたずら心は湧いてくるが、実際、何をしたらよいか・・・アイデアは出てこない。

いい歳したおっさん2人が大きな川の河川敷でドローンを飛ばして興じている。平日の昼間っから。

この友人Aは、“自由人”になったのだろう。
彼の車でここまでやってきたのだが、来る途中、「今、何やっているの?」と訊いたら、「パーフェクト フリー」と答えた。


彼は親父さんの小さな工場を引き継いで経営をしていたが、昨年秋に売ってしまったのだ。
今は投資家になっている。
彼はデイトレではないと言っているが、かと言って、長期での売買でもないようだ。何でも、チャンスが来た時のみ動いて、短期で儲けたら、売ってしまうのだそうだ。10年ほど前の中国株やアベノミクスに上手く乗っかれて、上手いこと今に続いているという具合だ。

昨年6月頃に、工場を売ってくれないかという声が掛かり、それに応じたというのである。会社の業績もここ数年はあまり良くなく、従業員の数も最盛期の3分の1以下に減ってしまい、今は数人になってしまった。この仕事を続けていくのは難しいかもと思っていたところに、ちょうど話が舞い込んだのだ。

彼の生年月日は1969年2月5日である。
ホロスコープのダブルチャートを診てみると、その頃、彼の土星(堅実、計画的)に現行の天王星(変化)が重なり、吉角120度位置に現行の木星(財運)が位置している。土星と木星の吉角は財運を堅実にさせる時期である。木星が財運、仕事運を意味し、土星が計画性、着実といった意味がある。私はこれを“城を持つ”星並びと呼んでいる。独立開業したり、不動産を買ったり、引っ越しをしたり、改装したり、転職したり、プロポーズをしたり・・・といったことが起こる。一方、木星と天王星(変化、個性、サプライズラッキー)はともに現行同士の星であるが、これは“棚からぼた餅運”もしくは“転職星”と呼んでいる。
彼の土星と現行の天王星が0度吉角重なっているが、・・・土星は着実という意味もあるが、執着という意味もある。個性(天王星)に執着するという意味で、いわゆる“変わり者”になってしまう時期である。
ただ世の中から見て、“変わり者”という意味であって、本人がどこまで自覚しているかどうかは別なのだ。

つまり、土星、木星、天王星が吉角で働く、この時期は、彼は仕事面、財運の面で大きな道を切り拓いたというわけだ。

投資家というものの、友人Aはもともとギャンブル好きではないので、安定した利回りの方を求めるせいか、株だけでなく、太陽光発電にも力を入れている。海辺、山間地を問わず、過疎地の原野のような土地を買って、太陽光発電をしているのだ。だから、車で走っていて、休耕田や大きな溜め池に太陽光パネルが設置してあるのを見ると、これくらいなら、投資額が1億だの、年間2000万円入ってくるだの、知識は豊富である。

実はこのドローンは、太陽光発電の管理のために購入したものだそうだ。一応そういうことになっている。

彼は田舎の土地を太陽光のために購入したが、一方で、持っていた土地も売っている。

もともと彼の家は土地持ちで、田んぼを多く持っていた。
私の実家の周辺の土地も持っていた。10年ほど前、私が実家に戻ってきた頃、近くの月極め駐車場がいっぱいで借りられず、車の置き場に困っている趣旨を話すと、後日、電話がかかってきて、

「お前の家の前の田んぼ、車2台分埋めておいたから、使っていいよ。」

という具合だった。

私の実家の北側の田んぼが彼の家のもので、その隅っこが土で埋めてあった。なんでも、工場の駐車場を舗装するついでに、土木工事屋さんに頼んでくれたらしい。
私はその田んぼの中にぽつんとできた駐車場を、割安で使わせてもらっていたことがある。あまりにけったいな風景だったので、近所の人に、“勝手によその田んぼの入り口に車を置いたら、いかんでしょ”と注意されたくらいだ。

彼の話によると、代々檀家としてお世話になっているお寺には、墓が7つあるそうだ。地元に昔から根付いている家系なのだ。古い方のお墓は丸石だけで、風雨にさらされ、もう何と彫ってあるのかも分からなくなっているのだという。親父さんが工場を始めるまでは、代々農家だったそうだ。

しかし、彼はそんな先祖代々の土地を売り払い出したのだ。親父さんはかなり渋った顔をしたらしい。

彼には彼なりの読みがあった。

今、どの地方でもそうなのであるが、農家がやる気を無くしている。息子たちに跡を継がせたいという考えが無くなってきたのだ。TPPなどの影響もあろう。そうなると、どうなるかというと、今まで大切にしてきた農地を手放すようになってきたのだ。持っていても農家をやらなきゃ意味ないからね。だから、郊外では土地が結構値落ちしているという。
そうなると、どうなるかというと、古い中古の住宅が売れにくくなってきている。それはそうだろう。少し離れた田んぼの土地が簡単に手に入るのなら、わざわざ古い中古の家を壊して、産廃処理して、更地にして、家を建て直すより手間なく安く済むからである。さらに古い家が連なっている地域は、印象として、お年寄りばかりが住んでいるという感じになっている。若い人たちは、できれば、新しい家が立ち並ぶ分譲地に住みたがるのだ。

私と彼の住んでいる地域も名古屋の郊外といった感じのところだ。古い家が多い。田んぼも宅地並み課税の場所である。田んぼを業者に任せて米を作っても、家族のお米代にもならないくらいだ。こうなると、先祖代々の土地は負の遺産となりかねない。彼は子供たちにそのような資産を残したくないとの決意で、土地をどんどん売り出したのだ。

そんな考えを持っているのは、彼だけではない。その証拠にここ5年くらいであっという間に私の住んでいる地域は田んぼが無くなり、新築の家がどんどん建っている。20年くらい前までは、カエルの鳴き声がうるさくて、電話の向こう側の人にも聞こえるほどだったが、今は私の家の周囲にはまったく田んぼが無い。

土地の価値は一旦手に入れると下がることがないという“土地神話”は昭和の話である。さらに今になって、農家が意欲を無くしたことで、土地がどんどん売りに出され、マイナス方向に向かっているようなのだ。人口も減っていくから、買い手も少なくなっていくだろうからね。

まぁ、こんな流れができている分、買い手は安く手に入るようになっているからいいのだろうけど・・・住宅開発は加速していって、建てては売り、新しい土地に家々は立ち並んでいくが、古い住宅地は使い捨てのように取り残され、溜まっていくのだろう。
住宅屋さんと、土建業者の人たちは仕事が有り続けるかもしれないけどね。でも、それは遊牧民のように、餌を食べ尽くしたら、次に餌のあるところへどんどん移動していくみたいな感じかな。

もちろん、価値の落ちていないところもある。都市部の人気のある場所である。
違う私の友人は、港区の億ションに住んでいたが、10年経って、売る時に値段は全く落ちていないどころか、上がっていたそうだ。そのマンションを売り、より都心部のタワーマンションに今住んでいる。
土地どころか、建物の価値を合わせても落ちていない場所があるのだ。都市部の一部だけね。

友人Aとの話からして、彼は大きい視野でそんな流れになるだろうと踏んでいる。

だから、親から受け継いだ土地を売り、遠く、安く広い土地を買って、太陽光パネルを設置していると。

言ってみれば、彼は先祖代々の土地という呪縛からも解放されたというわけだ。
“パーフェクト フリー”というやつかな。

でも他の人からみれば、土星と天王星の重なった“変わり者”になってしまったのかもしれない。

友人A以外にも、日本中には、同じような守らねばならない先祖の地、地元に縛られていたことから解放され始めている人たちがいっぱいいるのだろう。
断ち切っているのだろうね。
地縁とか、地元の風習とか、昔からの祭りとか、町内会とか、先祖代々のお墓とか・・・。
パーフェクト フリー?

解放されるというのは・・・どうだろうね。


おっさん2人が、平日の昼間っから、青い空にドローンを飛ばして遊んでいる。
でも、子供のようにはしゃいでいるわけではない。

ドローンは東西南北、左右上下、どこへでも行けてしまう
だから余計に、どこへ行けばよいのか分からない

ドローンは風に弱い
少し強めの風が吹いただけでも揺らいでしまう

地に足が付いていないからね

風に吹かれても寄りかかるものが無い

遠い空の上にあっては、人にあまり気付かれることもなく

世の中を俯瞰して眺めている

ひとりポツンと浮いている

ブーンと音を立てているが、その音は誰の耳にも届かない


まったく“自由”とはこういうものだな。

テレビに出られる時? (水星と木星のアスペクト)

大阪では、道を歩いていても、知らない人が気軽に声を掛けられるというが・・・それはないな。

でも、お昼に昭和の匂いが残る定食屋さんに入ると、おばちゃんたちは親しげに声を掛けて来てくれるのは本当だ。お釣りを返してくれる時にはにこやかに手を握ってくる。

あるお好み屋さんに入り、カウンターに座って、壁に貼ってある短冊の「とんぺい焼き」という文字が目に入ったので、
「とんぺい焼きって何?」と訊いた。
コの字型のカウンターの中で、白い半袖シャツで鉄板に向かっている、60代ぐらいの男性。おそらく店の大将だろう。日焼けした彫の深い顔の大将は怪訝そうに、

「あんた、大阪もんじゃないな。」

で、大将は“とんぺい焼き”というものをさらりと簡単に口で説明し、また顔を鉄板の方に戻すと、手元のヘラで鉄板をカンカンと叩いて、
「お薦めはお好み焼きだよ。今、焼いてるのは、ねぎ焼というものだけどね。」と文章では表現できないベタな大阪弁で答えた。神戸や京都とは違う、吉本新喜劇に出てくるような大阪弁だ。

大阪人はサービス精神が豊富だ。一人でいる者を見ると、声を掛けずにいられない性格の人が多いのだろう。
その大将に、どこから来たのかと尋ねられたので、“名古屋から来た”と答えると・・・・
にこやかな顔をして、「名古屋かぁ、行った、行った・・・」
と威勢よく言葉が返ってきて、

「・・・28年前に。」

“28年前”と中途半場な昔話の会話に戸惑いながらも、まぁ、名古屋は陰が薄いから仕方ないかなと納得していると、大将は、

「中日クラウンズというゴルフの大会があってなぁ、それに行ったんだよ。」

とゴルフの大会の話に転がっていった。
でも、私はゴルフはやらない。大将は話に乗ってこられない私を見ると、今度は、そのゴルフの大会の賞品のクラウンというトヨタの高級車の話になり、でも、クラウンでは双方とも話すことが無く、袋小路になっていると、

「あのプリウスっていう車は、最初は変な形しているなぁと思うんだけど、時間が経ってくるとだんだんカッコよく見えてくるんだよな」

と話がプリウスに展開していった。
一人でいる人を見ると、声を掛けるというのが、大阪人の良さならば、人の良さが空回りしてしまっているような・・・なんだか、こう人がいいと、ほんと話に乗れない私の方が申し訳なくなってくるような。

大阪梅田のJRA馬券売り場の周囲の飲食店は、土日にはほとんどすべてのお店が競馬の中継をやっていて、喫茶店、食堂、お好み焼き屋、韓国料理屋・・・店の窓に「競馬放映中」という紙が掲げてあったりする。競馬新聞を片手にむすっとした顔のおっちゃんたちが、ぽかんと口を開けてレースを眺めている。食べかけの定食と、泡が消えてしまったビールがテーブルの上にある。中山とか京都とか、各地のレースが次々に画面に映されていく。顔が赤くなっているおっちゃんたちは、力の抜けた目でじっと睨んでいて、レースが終わっても、感情が上がることも下がることもない。そんな顔は、・・・おそらく外したのだろう。
土日だけの常連のようなお客がいて、“久しぶりやなぁ、○○ちゃん、どうやったぁ”とか、お店のおばちゃんが声を掛けたりしている。でも、“おおっ”としか答えなかったりする。

そんな競馬好きのおっちゃん達のアイドルとして登場したのが、藤田菜七子さんだ。
今年、競馬学校を卒業したばかりであるが、久々に現れたJRAの女性騎手として注目を集めた。彼女のルックスも手伝い、デビュー以来、人気はうなぎ登り。当たらない競馬通のマツさんの話では、彼女がレースに出ると、その競馬場の観客が数千単位で増えるという。だから地方競馬場からの呼び声は熱い。マツさんも毎週、彼女の乗る馬に100円入れている。自分が賭けている枠とは別に、彼女の馬におまけ気分で“入れている”のだ。賭けているのではない。そんなおっちゃんたちが多いから、自然と藤田菜七子さんのレース前の人気順位は高くなっている。
乗馬のセンスは良いとか、いろいろ言われる一方、なかなか実績を上げることができずにいたが、ここ最近、やっと力を発揮してきたようだ。ただ実力以上にデビューから紅一点の若い女性騎手の登場にメディアが集中した。3月にはホリプロとも契約し、騎手だけでなく、タレントとしての活動も始めた。

で、彼女のメディアでのブレイクと、星並びに現れているかというと・・・。

藤田菜七子さん
1997年8月9日
いつものように彼女のホロスコープを診てみよう。ホロスコープのソフトをお持ちでない人は、インターネット上のMy Astro Chart というサイトなどを利用してみましょう。
例えばMy Astro Chart では、
http://www.m-ac.com/double.php
の内円に彼女の生年月日を入れ、生まれ時間は分からないので、“適当に”12:00と入れて下さい。ハウスは無しです。生まれ時間が分からない時にハウスを作ると読み間違えます。
外円では、“適当に”2016年4月1日を入れてみてください。時間は同じく適当に12:00と入れて下さい。
そして、二重円を作成してください。

内円が彼女の性格などを表していて、私のアスペクト表で調べてもらえれば、いろいろと見えてくる。太陽と木星が180度凶角で、大ざっぱで自信過剰なところがあるでしょう。また火星と海王星が90度凶角、感情に火が付きやすいというところで、興奮しやすいことでしょう。私のアスペクト表にはまだ無いところで、金星にドラゴンヘッドが重なっていて、自分の好きなことを強く求める、人気運が強いとか、キロンが火星に重なっていて、身体を鍛えたがるとか健康に気を使うという点があるけれど、それは解説の機会があれば、また今度に。

で、今回注目したいのが、彼女の水星に、現行(外円)の木星が重なっているということ。
これは水星、つまり情報が、木星=膨らむ、利益になるということを表している。昔の星占いのテキストならば、情報が利になるということで、“耳よりな情報が入ってくる”という意味に解釈されていた。今もそういう意味はもちろんある。
でも、私が鑑定していると、最近は“メディアに取り上げられる”“メディアに登場する”という現象がよく起こっている。

彼女の水星位置と木星が重なったのは、昨年の10月頃からである。その後、現行の木星は今年の1月10日に逆行を始め、5月9日に順行に戻った。木星は振り子のような動きをして、おとめ座の10度~20度の間を行ったり来たりしたのだ。藤田菜七子さんの水星はおとめ座15度付近にあるので、現行の木星は3回重なることになる。しかもその間、彼女の水星とは影響範囲のほぼ5度以内に入っている。つまりずっと水星と木星の“情報が利になる”吉角効果が続くということである。今年の8月までは続く。

さらに彼女の金星もおとめ座20度付近にある。金星と現行の木星が重なる時は人気運が高まる時である。

さらにさらに、現在の冥王星が彼女の水星や金星の吉角120度位置にある。冥王星は頂点、莫大という意味がある。彼女の水星と現行の木星が重なった効果を頂点レベルに増大させる。

彼女の金星と、現行の冥王星も吉角120度を形成していて・・・。

まぁ、そんな華やかな星回りが水星・木星の吉角を相乗効果で増強させていることもあって、8月まではメディアでの人気はまだまだ上がっていくことだろう。

で、今回紹介したいのは、この水星と木星が0度で重なる時は、藤田菜七子さんの例ではないが、現在ではメディアに露出する可能性があるということだ。

私が鑑定した例で言えば、本人の水星と現行の木星が重なった時は、
・NPOの代表がテレビに活動が2度取り上げられた。その2度とも本人の水星と現行の木星が重なった時だった。(木星は年に一度は逆行するので、2、3回重なることはよくある。)
・勤めている会社の新聞広告に出た。女性も活躍できる職場ですといったニュアンスで、でかでかと新聞の半面くらいの大きな広告に笑顔の写真が載ったそうだ。
・自社テレビCMに出た。社内の女性が2人選抜されたのだが、その人一人に選ばれたそうだ。白い衣装をまとい、歌って、踊って、最後は乗り物に乗って、そのまま宙に舞い上がっていくというものであった。鑑定した時に、YouTubeにアップしてあるというので見てみたら、私があまりにインパクトがあるので、ごはんを食べながら愕然とした覚えのあるCMだった。

藤田菜七子さんでなくても、自分の水星と、現行の木星が重なる時はそういったメディアに出られるチャンスが訪れることがあるようなのだ。0度吉角が一番強力なので、現れやすいようだが、120度、60度、グランドトラインなんかでも起こるのかもしれない。

私はテレビの業界については多少詳しいので、テレビを例に話していこう。
テレビの放送に関わる者には3つの形がある。見る者、作る者、出る者だ。
良い番組が出来た時、最も恩恵を受けるのは、この中で“出る者”だ。その次に“作る者”。最後に“見る者”だろう。
芸能人なんかはもともと出演料というものがあるから、経済的に得られるものが大きい。

で、水星と木星の吉角が、“情報による利をもたらす”という力を発揮するならば、テレビ、ラジオ、新聞といったマスメディアの無かった時代は、“耳よりな情報が入ってくる”という受け身しか無かった。ところが、特に20世紀後半になってからは、“情報を発信する”側に立てることで、より大きなメリットが得られるようになったと考えるのはどうだろう。
水星と木星の吉角の現れ方も、時代とともに変わってきたということだ。

テレビがどれだけ多くの人にビックチャンスを与えてきたことか。有能な素人さんや無名な芸人さんを短期間にスターにのし上げてきた。古くは、欽ちゃんの司会を務めた「スター誕生」とか、「エンタの神さま」とか・・・数え上げたら、きりが無い。

さらにバブルが終わって、景気が低迷して・・・最近は、輝かしい才能が無くても、テレビ画面に出られるようになったような感があるんじゃないかな。敷居、ハードルがぐっと低くなったというか。

だが、これはメディア側の都合であろう。
今、テレビの制作費は低下する一方だ。となると、費用を抑える方法をいろいろと考える。
でも、視聴率は取りたい。取らねばならない。
一方、テレビ界にはおそらく一つの諦めがあるように思われる。“どうぜ昔のように視聴率20%越えを取るなんて無理だろう” 
こうなると“制作費に対して、そこそこ視聴率を取っていこう”という妥協的な考え方だ。効率的というべきかな。ヒットを狙うなんていう野望と賭けはやめて、70点くらいの成績を出して細く長く生き残ろうという発想なのだ。私にはそれが蔓延しているようにも思えるが、それだけテレビという産業が成熟した証拠なのであろう。
そうなると、さらに制作費を減らして、“費用対効果”で評価されることを考える。制作費は低いが、その割りに視聴率を取っているという認めれ方を選んでいくということだ。

今は、その傾向が強くなってきたというか、定着してしまった。新しい芸人がすぐに多くの番組のレポーターなどに多く採用されるのは、やはり出演料と視聴率との費用対効果によるものだろう。実力が安定していない分、視聴率が取れないとすぐに使い捨てされる。視聴率は分単位で出ているので、その出演者が画面で話している時に数字が取れているかどうかはすぐに判別されてしまうのだ。

マツコ・デラックスさんの番組なんかは、その道のエキスパートというか、オタクな一般の方がゲストになって、出演者2人で番組が進行している。しかもゴールデンタイムである。20年前には考えられなかったタイプの番組だ。そういった才能ある一般人を探すのは手間の掛ることであるが、それにも増して、費用対効果があるのだろう。もちろん、番組そのものの魅力は、話を上手に盛り上げるマツコさんの力に寄るところは大きい。

このような条件が揃ってきて、タレント性のある一般人でもテレビに出られる機会がぐっと増えたのだ。
一般の人でも、“出る人”“作る人”“見る人”の中で、“出る人”つまり発信する側になれる機会が増えてきたということだ。もちろん、一般の方でも“出る人”になることが、一番メリットが大きい。

そんなこともあって、水星と木星の吉角による“情報によってメリットがある”“情報によって大きくなる”という星の作用は、耳よりな話を受けるという情報の受け身から、情報を発信することでより大きな恩恵を受けるという方向に変化してきているのだろう。

人と“情報”というものとの接し方が変わったのだ。

時代や社会環境によって、星によって出てくる現象は変わっていく。
だから、星占い師のアドバイスの仕方も変わってくる。

そんな話をすると、今さら何をと思う人もいることだろう。
Twitter やYouTubeでは、とっくに誰でも情報を発信する側になっている。

まぁ、星占い師として言えることは、もしメディアを通じて何か発信したいことがあれば、自分の水星と現行の木星ができれば0度、そうでなければ、120度、60度の吉角を形成する時期を狙うことだ。
もしくは、自分の木星に対して、現行の水星が0度、120度、60度吉角を組む時。ただし、こちらの方は期間が数日と短いので、狙いにくい。

その時期になったら、ブログ、自分のサイト、Twitter、インスタグラムなどで積極的に発信していこう。返ってくる効果が大きくなっていることだろう。その発信したものが、より大きなメディアに取り上げられて、さらに広がっていくかもしれないし。

では、皆さん、水星の動きを利用し、情報戦で優位に立って、なりたい自分自身への実現にご活用してください。
健闘を祈るっ。

ちなみに今は、現行の水星と木星と冥王星が、グランドトライン、幸運の大三角形を形成していますから、情報が社会や人類に、財や利を与えるかもね。
また同時に、この3つの星のどれかに自分の星が重なっていたら、ほんま、自分を売り込むチャンスでっせ。


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