かつて、80年代にエイズが流行し始めた時、治療の方法が無いというので、人はとてつもなく怖れましてね。

最初は、キスでもうつるとか言われたりもしたのですが、結局は(コンドーム無しの)性行為でうつるものだと広く知られるようになり、・・・“そういうこと”をしなければ、大丈夫なんだと、皆安心したわけですよ。で、エイズに対しては落ち着きを取り戻しましてね。“そういうこと”をしなければいいので、まぁ、当然、気ままな“そういうこと”の方はかなり抑制されていったわけですよ。適当に遊び感覚で性行為をしていた人は、改心していったんでしょうね。

同じように、今回のコロナウィルスでも、飛沫をお互いに飛ばさないようにすれば、大丈夫なのではないかという感じがだんだんと分かってきてましてね。3月第一波を乗り越え、4月の緊急事態宣言後に一旦収束していった時、実際に減ったわけですから。それなりに手応えがあったというか、少し方向性を見い出せ、自信がついたというか。それまで全くコロナに対して手立てが分からなかった状態から、着実に感染者を減らす方法が少し見いだされて、ちょっとだけ、ほっとした。

その方法としては、人に会わない、喋らない、接しない、ということ。

ただこのコロナに対しては治療薬がまだ存在しないので、一人でも感染者が残っていると、その人から再び感染が拡大していく。・・・で、今また、残念ながら、第2波になってしまったと。

再拡大は、夜の街、接客業から始まり、そして、普通の会食さえも感染を広げてしまった。さらには、駐車場で、陽性者とマスク無しで20分間立ち話をしたことで感染してしまったニュースも出てきましてね。会食どころか、会話でもうつってしまうようで。

もし、この第2波も抑え込めたらなら・・・さすがに今度は反省して、夜の街には人は行かなくなるでしょうし、会食さえもぐっと減っていくことでしょうね。挨拶や立ち話も減るかな。世の中、萎縮した感じになりますが、そんなのがだんだん当たり前になっていくのでしょうね。

恐縮ながら、私は、8月の頭に講座のために東京を訪れておりました。私にとって、講座は仕事ですからね。不要不急ではごさいません。その辺りはご容赦頂きたい。で、東京でね、ふらっと入ったコンビニの店員さんは、一人一人のお客との対応の後に、その度ごとにアルコール消毒のスプレーで手をシュッシュッとやっていた。毎回やっていたら、さすがに手が荒れてしまうんじゃないかと思えてくるんですけどね。東京はコロナに対してぴんと張り詰めた緊迫感があったんですよね。外では喋っている人はほとんど見かけなかったですしね。

飲食店でも、カウンターだけのお店は、席の両側にアクリル板が立ててあったりする。皆、黙々と食べている。食べ終わると、さっと出ていく。一度、そんなところで食事をしたが、“横のお客さんがコロナ感染者だったら、どうしよう”と緊迫感があるから逆に妄想してしまいましてね。落ち着かなかった。他に入ったラーメン屋さんは、アクリル板は無かったが、そもそも他にお客さんがいなかった。他にお客さんがいないから入ったところもあるのだけれど。そうしているうちに、食事はお弁当ばかりになっていきましたよ。

気分的には “寄るな、触るな、2メートル” といった感じですかね。でも、私だけじゃない。他の人も様子を見ていても、混んでいるお店は避けている感じはありましたよ。店の中を覗いて、席が空いていても、隣の席に誰かが座っているようなら、出ていってしまうような。

新幹線の1つの車両は100人が座れる。だけど、私の乗った車両は多くて27人。少ないと10人でね。あまりにガラガラなので・・・私は気になって、席を立って、数えたのですよ。

私の泊ったホテルは・・・Gotoキャンペーンの対象から東京は外されていたけれど、サイトではキャンペーンで半額以下になっていた。それでも、両横、上下の部屋が空室なのはもちろんのこと、フロアに他に人の気配はなく、泊り客はほとんどいなかった。

こんなんじゃ、この先、日本の経済はほんと厳しくなるでしょうね。

鑑定でいろいろ話を聞いていると、感染が落ち着いてきた頃に、リモートワークも解除され、再び通勤するようになってきた人もいましたが・・・またリモートに戻りそうな雰囲気だそうで。

 

こんな状況って、まるで天がね“生活スタイルを変えろ”と言っているような感じにも見えるんですよ。

強制力が半端ない。

“お前らが、生活スタイルを変えるまで、いつまでも何度でもコロナを広げてやるぅ”みたいな。

今までのような、人と人が集まって、顔を合わせて、仕事するとか、おしゃべりするとか、会食するようなこととか・・・もうそういうのはやめろ、みたいな。天は、人をバラバラにさせたいのですかね。

旧約聖書の中で、バベルの塔を作ろうとした人間に対し、そこにいた人間の言葉を全部異なったものにし、会話、協力、団結ができないようにして、人々を散らしたのに似ているかな。

 

一方、講座終わって、帰り道の夕刻。駅近くのバーベキューエリアで、若い人たちが30人くらい、マスクも付けずにビールを飲んで、わいわいと賑やかにやっていた。別のグループでしょうが、翌朝、秋葉原の駅のホームに嘔吐物が・・・。前の晩に、近くでかなり飲んだ人間がいたということですわね。一人でそこまで飲んだとは思えないし。楽しくやっていたんでしょうね。ニュースでは、NHKの政治部の幹部たちがフェイスシールド付けたままなら、いいだろうということで宴会をしていたということも報じられていたしね。

なんかそういうのを見ると、このコロナとは長期戦になるなと悟るわけですよ。

長期戦になればなるほど、人と接しないという生活スタイルの変化が染みついていくのだろうし、経済の形も変わっていくのでしょうね。

 

じゃ、どういう風に生活スタイルを変えていくかというと、星占い的に見れば、“風の時代”の到来なのかなと。

「グランドミューテーション」というものがあって・・・ミューテーションとは、直訳すると、“変化、転換”のことなんだけど、つまり“大いなる変化”という意味。「グレートミューテーション」とも言われていて、実はどっちが正しいのか、私にはよく分からない。なにせ200年に一度しか起こらない現象なのだから、もうこの言葉を次にいつ使うのだろうかという感じで・・・まぁ、別にどっちでもいいかな。

で、このミューテーションというのは、火、土、風、水の4つのエレメントが変わるという意味。木星と土星の重なるグレートコンジャンクションの起こる星座のエレメントが、200年一度、変わってしまう。で、時代の世界の雰囲気も、そのグレートコンジャンクションのエレメントっぽくなるという。

20201222日に木星と土星が重なるだけれど、これがぎりぎり、みずがめ座。

みずがめ座は風星座です。これまで一応、土星座だったのです。で、200年間の影響するエレメントが“土”から“風”に変わってしまうと。

 “土”から“風”に変わるのは、これまで“組織、集中、積み上げる”ということから、“個性、拡散、平等”の時代へ変わるということです。この200年間、組織化、集団化して社会を運営してきたものが、個性の時代に変わっていくという・・・ある意味、バラバラになっていくということですかね。

正直ね、200年一度の変化と言われても、“本当に起るのかなぁ”と思っていたけど・・・だって、今、生きている星占いは誰も経験していないし、そもそも前回は明治維新より前ですからね。

でもさ、今年2020年、何だか、コロナで、リモートワークが普及したり、密集することが無くなっていく現象が世界中で起こっているのを見ると、そうかもしれないと思うわけですよ。

 

ということで、次回、このミューテーション、グレートコンジャンクションについて、もう少し詳しくお伝えします。