10月13日。3連休の中日であった。

私は仕事で浜松に行くことになっていた。名古屋市内で仕事仲間と合流し、車に同乗して浜松まで行く予定になっていた。その集合出発時間が6:30と早い時間であったので、確実に行けるよう、電車で行くことにしたのだ。



そのため、私は尾張一宮駅5:44発という、始発の次の電車に乗ることにした。

家を出る頃は、まだ空がうす暗く、ホームに立つ頃には、まだ陽が昇り始めたところだった。

電車に乗ると、意外に人が乗っていたが、席に腰掛けるくらいのことはできた。これでもう心配なく、予定に間に合ったと思う。

赤くなり始めた空を見上げながら、ゆったりと姿勢を崩し、電車が進むのを安堵していたところに、電車のアナウンス。



「音感知装置が異常音を感知したので、急停車します。お気を付け下さい。」



電車は停車した。

待ってくれよ。遅刻しないように車でなく、電車にしたのに、なんでだよ。

正直、がっくりきた。

実は前日12日の仕事も朝早く、車で1時間ほどのところの現場であったが、10分ほど遅刻してしまったのだ。遅刻というのは結構、信用を落とすものだし、その日の仕事の始めにそんな入り方をすると、一日中気まずくなるので、私の中では“遅刻”は厳禁なのだ。12日の場合は、完全に計算ミスで、連休で高速道路を使う場合は、Googleマップより時間が掛かることを忘れてしまっていた。



いつ動き出すのだろうと思っていたのだが、5分経っても、動く気配がない。

アナウンスが入る。

「JRの関係者は最後尾の車両に集まってください。」

 乗客たちからは、ため息が漏れる。皆、眠むたそうだ。

まだ時間は朝の6時前だから、そりゃだるいだろう。

 

 「お急ぎのところ、誠に申し訳ございません。この電車は、線路構内に入った人との接車事故を起こしました。警察の現場検証が終わるまで、この電車は停車致します。ご迷惑をお掛けします。」



 車内からは、一斉に驚きの声。力の抜けた、落胆とも、嘘だろう?とも取れるような小さな嘆きの声だった。

 3連休の中日である。用事の無い人間が、朝5:44発の電車に乗る訳がない。

私の前の席の女性は、何かの資格試験のテキストを開いていた。分厚いテキストで、開いていたページには、蛍光マーカーでぎっしり線が引いてあった。

 その女性は、車掌に新幹線の電車の変更をどのようにすればいいのかを声を荒立てて尋ねていた。名古屋から品川までの席をネットの早割りで予約していたそうだ。

 隣の席の老夫婦は、新潟のレンタカーの予約の変更の仕方を訪ねていた。



 そりゃ、そうだろう。休日にこんな早朝の電車に乗る人は、デパートで軽く買い物なんて用事ではない。

 私も、そうだ。

 電話で間に合わないことを伝える。集合6:30のところ、電話したのは、5:55頃だった。車に乗せていってもらう予定だったプロダクションの社長に、遅刻の言い訳にしては突飛過ぎる事情を話した。しかも、いつ動けるか分からない、どう対応していいか、判断のつかない状態だ。

 警察も消防もまだ来ていない。

 どう考えても数十分の遅刻では済まなさそうだ。だから、できるだけ早く、名古屋駅で新幹線に乗り換え、浜松に行き、そこからタクシーという手段を使うしかない。ただ、仕事に間に合うかどうかは、まだ分からない状態だった。

  

 6時を過ぎてから、消防のサイレンの音が聞こえてきた。

 さらに10分以上遅れて、警察のパトカーの音が聞こえてきた。パトカーのサイレンの音がえらく間抜けな音だった。古い車なのだろうか。

 ここから現場検証である。

 私はもう確実に新幹線を使うことになった。

 尾張一宮駅のホームに立っている時、大きなスーツケースを持っている人を何人か見かけた。海外へ向かう飛行機に乗る人ほど、こういう早朝の電車を使うものだ。もうフライトには間に合わないだろう。

 自動車での人身事故でも、現場検証に結構な時間が掛かる。電車となれば・・・、そうとうな時間が掛かることだろう。



 ただ待機するのみ。駅すぱあとのアプリで、浜松停車の新幹線のダイヤを探る、いつ動くか分からない電車の中で。

 そして、自分の現在のホロスコープをダブルチャートで診る。

 生まれた時の土星に、現行の太陽、木星が「魔のTの字」を形成していた。

 なるほど、仕事運、財運は悪いはずである。強い星3つでの凶角。ここ数日は要注意すべきだったのだ。

 

 そういえば、前日12日の仕事も機材関係が原因でミスが起こった。それはプロダクションのスタッフの人の機材の計画のミスであったが、運気的には私のせいだったかもしれない。

 私は星占いはできるが、神様ではない。いつでもふと思い浮かぶように自分や人の運気が分かる訳ではない。ホロスコープをじっと見つめて、アスペクトを分析して、初めて運気が分かるのだ。これが結構、疲れる。だから、忙しいとついおろそかになってしまう。そして、いつも後になって、ちゃんと診ておけば良かったと後悔することがしばしばあるのが、本当のところだ。

そして今回もだ。



もし5:30発の始発に乗っていたら・・・、同じ一宮駅発の私鉄に乗っていたら・・・、車で向かっていたら・・・。こういう場合、いくつもの“もし”が後悔として思いつく。でも、これは不可抗力とも言えるのだろう。天はどうにも、私に仕事面、財運面で障害を与えたかったのだろう。



 1時間以上も止まっていると、さすがにトイレに行きたくなる。運良く、私の乗った列車には、最後尾の車両にトイレが付いていた。気のせいだろうか。手を洗う水の流れが少ない。手洗いの水が無くなりかけているのか?

最後尾の列車の窓から、線路の上でああでもない、こうでもないと線路上を眺めて話し合っているJRの人と警察の人たちが見えた。その向こうには、一宮駅で止まっている電車が見えた。銀色の冷たい光のライトを輝かせたまま停車し続けていた。電車のライトが見えるほどに近いのだ。

iPadで現在の位置を確認したが、駅からわずか1kmのところであった。歩いて戻った方がよっぽど早く自分の都合を調整できるのに、JRの人たちは外には出させてくれないのであった。

安全の問題だろうか。

そこで気付いたのだが、私の電車は上りであったが、向かい線路、つまり下り電車もまったく走っていなかった。つまり名古屋~岐阜間の東海道本線は全面ストップし続けていたのだ。

 どれだけの人が、多かれ少なかれ自分の予定を変更せざるをえなくなったことだろうか。



 息を呑むほどに、まっすぐ伸びる線路。尾張一宮駅は、高架になっている。両側には、高い塀が立っている。安易にふらりと入り込める場所ではない。



 1時間半以上も経つと、腹の立つのも過ぎていく。

乗客は皆イラついているだろうが、冷静さを保っている。座席で眠ったり、スマホをいじったり。開き直るしかないのだ。



 なぜ、亡くなった人は、この死に方を選んだのだろうか。

 多くの人に迷惑をかけるのは明白だ。

わざわざそんな死に方を選んだのは、世に対する恨みではないだろうか。

鉄道を止めれば、家族に多大な損害賠償がJRから求められる。

先日の認知症の高齢者が線路内に入って事故が起こった時、裁判でJR側から700万円以上が家族に請求されることになった事件は、議論を呼ぶニュースになった。

数の少ない路線ならともかく、ここは東海道本線である。



損害賠償を求める家族のいない人ではないだろうか。



よく考えると、計画的なのだ。

こんな高架な線路ならば、下から登らない。尾張一宮駅から歩いただろう。

5:30の始発の時間に合わせて改札を抜け、始発が行ってから、ホームを降りて歩き出す。朝早いから、次の列車まで来るまで14分もある。

しかもまだ暗い。運転士には発見されにくい状況だ。まっすぐ直線だから、昼間なら発見されていたかもしれない。距離はわずか1kmだ。加速している途中でまだスピードは出ておらず、運転士は急ブレーキをかければ、間に合ったかもしれない。

 15分で1kmならば、時速4kmである。電動車椅子のスピードである。
 前に進もうという歩みの速度ではない。 



 多くの人の日常の邪魔をすることで、自分の命、存在、悲しみ、怒りがあったことを訴える。

 

誰かに分かってもらいたかったのではないか。



 まだ、東に赤い陽が昇り始めたトワイライトの中。

この線路をどんな気持ちで歩いたのだろうか。

この世に対して、どんなお別れの気持ちを抱いていたのだろうか。

線路の枕木を1つずつ歩き越えるたびに、

もしくは線路に横になって、天を仰ぎ、

“もうすぐだ。もうすぐだ。”と唱えていたのかもしれない。



 “ ”。 キルケゴールはこれを「死に至る病」と呼んだ。



 死に至るほどでなくては、“絶望”なんて言葉は使ってはいけないのだ。





 JRの職員が電車の横を大きな白いビニール袋を持って歩いていく。



 こういう時、今時なら、スマホで写真をばちばち撮るのがよくある風景だが・・・、そんな人は一人もいなかった。

 なんたって、自分が乗っている電車の鋼鉄の車輪が、人を切り裂いたのだから。



 警察による現場検証は終わったようだが、線路及び車両点検が終了しないと動かないらしい。作業服とヘルメットを被ったJRの人のたちが、目測で電車を眺めて回っていた。

 急停車から2時間半後。やっと電車は動き出した。

 先頭車両の窓ガラスが損傷しているので、乗車しないでくださいというアナウンスがあった。また先頭車両の窓ガラス損傷のため、この電車は名古屋駅までしか行かないことが告げられた。



 次の稲沢駅では、しばらく待たされた人たちが乗ってきた。もちろん、せいぜい十数分のことだろう。駅の電光掲示板には、赤い文字で代替輸送の方法が出ていた。



 稲沢駅で隣の席に座った若者は、むっとした顔をしていた。待ち疲れたのだろう。その表情は、2時間半、電車の中に閉じ込められたどの人間よりも不満気だった。



「ご迷惑をお掛けして申し訳ございません。本列車は、線路内に入った人との接車により、時間より遅れての到着となりました。」

 そんな内容のアナウンスが告げられた。



 名古屋駅では払い戻しの窓口などに長蛇の列ができていた。

 まさかこんな事態になると思っていなかったから、JRのエクスプレスカードを持っていなかった。いつもICカードを使って改札を抜けるので、新幹線の乗車券と特急券をクレジットカードで、しかも在来線と乗り継いでの切符を買うことに手間取ってしまった。



現場に遅れて入ることになるが、本番には何とか間に合う。

周囲のスタッフには迷惑を掛けているので、お詫びし続けるしかない。

新幹線代とタクシー代は正直、痛いな。

木星と土星と太陽が「魔のTの字」だから、仕方ないな。



たぶん、夕刻の戻る頃には、東海道本線の事故の現場は何の痕跡も無くなっているのだろう。

誰もそんな“接車事故”があったなどとは思わないだろう。

これが“絶望”の姿というものなのだろう。



浜松まで、こだまに乗って行く。

久しぶりにこだまに乗った。何年ぶりだろう。

中はガラガラだ。

ゆったりと座席にもたれかかる。

ふと思ったが、

今は、こだまも700系の車両なんだな。