講座なんかを行っているとですね、星同士のアスペクトがなかなか覚えられなくて、苦戦しているという話をよく耳にしたりする。

でね、どんな覚え方をしているのかと尋ねると、太陽×月、太陽×水星、太陽×金星・・・とアスペクト表を順番に暗記しようとしている、というのですよ。

それですね。考えてみてもらいたいのですが、中学校や高校の時、英単語を、英語の辞書の頭の“a”から覚えようとした人なんていないでしょ。それと同じなのですよ。

英単語って、実際に英文を読んで、その文脈、ストーリーの中で出てきた単語を学んでいくというか。

星のアスペクトも同じなんですよ。実際の鑑定経験の中で、出てきたアスペクトを覚えていくというか。例えば、自分に水星と金星の吉角(ソフトアスペクト)があれば、“おしゃべり星”。 で、だから、自分はおしゃべりなんだと理解すれば、水星×金星は“おしゃべり星”と頭に入っていく。

その覚えるものに対して、背景に物語が厚ければ厚いほど、一旦覚えると、なかなか忘れられないものとなる。でしょ。だから、アスペクトを覚えようと思うなら、どんどん実際に鑑定していくことですよ。

 

まぁ、例え話ですけどね、

英単語ですけど、diarrheaという言葉があって・・・これが、私にとっては脳みそに染みついて、なかなかしっかり覚えている単語なんですよ。

どうして、忘れられない言葉になっているかというと・・・

 

もうずいぶん前の話ですがね。

私は、もともと田んぼの風景が好きで、20代の独身の頃も、職場から多少遠くても、田んぼの風景が見られるところに住んでいましてね。で、ここで質問ですが、皆さん、田んぼの風景は、いつが一番美しいと思いますか? まぁ、これは、人それぞれでしょう。黄金色の稲穂が垂れる、10月頃という人もいるでしょうね。私はね、ゴールデンウィーク頃の、田植え前の、田んぼ一面に水をすーっと張っている風景が好きなのですよ。周囲の田んぼが一斉にそうなる。まるでね、湖のようになってね。その間に格子状に道が通っていて、あぜ道もあって、大きな網目のようにも見える。遠くに軽トラなんかがゆっくり走っていると、上下逆になって、水面に写るのですよ。暖かくなり始めた頃で、新緑の頃のね、風は涼しく感じられ、空気に水や土の匂いが混じっている。まぁ、5月頃でなくても、田んぼの風景は優しいですよ。夏は夏でね、目に染みる緑の稲が一面に波立つように風に揺れて、下を覗くと、カエルやザリガニがいたりしてね。上を見ると、青い空にトンボが飛んでいたりして。で、冬になると、一変して、土が丸出しになり、生命を感じるものがなくなって、急に無機質になる・・・でも、雪なんか積もると、真っ白でね。陽の光を跳ね返して、眩しくて。ただただ白くて、どこか道なのかも分からなくなる。地上の汚れをすべて白銀で覆い尽くしているといった感じでね。雪が音を吸収するもんだから、とにかく静かで。自分の足音と息の音ぐらいしか聞こえない。その息がまた白い。なんだかね、すべてが無くなって、無の空間になってしまうわけですよ。

まぁ、そんなわけで、年中、田んぼの中を散歩するのが好きだったりしたわけですよ。

で、ある休日、昼間ごろんと横になって新聞を読んでいたら、バリ島の記事があって・・・バリ島では“三毛作”が行われている、と書かれていてね。“三毛作”ですよ。年に3回も、田植えして、稲刈りをするという。小学生の時、高知県あたりで、二毛作というのがあるのは、習ったけれど・・・“三毛作”かよ。驚いて、その記事を読みふけってしまいましてね。しかも、棚田。英語では、ライステラスというのですよ。階段のように、田んぼが段々になっている、日本では美味しいお米の産地の魚沼あたりの棚田が有名ですけどね。バリ島のライステラスは、周囲がジャングルで、田んぼの端にはヤシの木が立っていたりしてね。

田んぼの風景好きにとって、三毛作&棚田なんて、見逃せないわけですよ。興奮したんですよ。

ラッキーなことに、私は10日間ぐらい連続して休みを取ることが出来たので、バックパックを持って、一人で出かけたのですよ。今でも覚えているんですけど、バリ島に着いたのは夜。飛行機からタラップを降りると、土の匂いがした。風に吹かれて、濃い土の匂いがね。肥料の匂いというかな。香辛料にも似た匂いで、どこか鼻にツンと来る。真っ暗だから、どうしてそんな匂いがするのか分からなかった。

その頃の私の旅のスタイルは、最初の2泊ぐらいは宿を取って、あとは現地で良さそうなホテルを予約して巡っていったんです。バリ島に着いた時は海岸近くの街で、その後、一応移動の方法くらいは、日本で予習していくのですが・・・やっぱりね、現地で情報を集めてね、ちゃんと行けるのかどうか、他に方法はあるのかどうか調べたりするわけですよ。

バリ島の中心に近い場所に、ウブドという街があって、その周辺部で、ライステラスが見られる。

だから、目的地はウブドと決めていて、バスで私はウブドへ向かった。気候が熱帯性なので、樹々は茂り、ジャングルとなっている。蒸し暑く、ほとんどの旅行者がTシャツ、短パン姿。

私がバリ島で興味あるものとして、他にケチャという踊りがありましてね。ウブドでは、レンタル自転車を借りて、街を回っていたが、とてもライステラスまでは自転車では行けなかった。ライステラスの観光ツアーを申し込めば、すぐにも行けるのでしょうが、それでは自分の好きなだけライステラスに居られるかどうか分からない。だからできることなら、自力で行きたいなと考えていてですね。数日間、ウブドにいて、どう行こうか悩んでいましたが、とりあえずはケチャを見ようと、チケットを買いに行く。

ケチャというのは、何十人もの上半身裸の男性たちが、あぐらをかくように座り、両手を挙げたり、振ったりしながら、波立たせたりしながら、「チャ、チャ、チャ、チャ、チャ、チャ、チャ」と声を合わせて歌うものでね。その様子はまるで神事のようでもあります。今時は、YouTubeにいくらでも映像があるので、興味のある人は、“ケチャ”で検索してみてくださいな。

で、なんで私が当時、ケチャに関心があったかというと、大学時代の友人数人が、名古屋でケチャのサークルを作っていて、その公演を何度も見たからなんですよ。最初見た時は、なかなか奇妙な印象を受けるけど、大勢の男性の「チャ、チャ、チャ、チャ、チャ、チャ、チャ」という声がハモってくると、その小刻みなリズムに、トランスするような不思議な空間が出来上がる。それが心地良かったりするのですよ。せっかくバリ島に来たのだから、名古屋人のケチャではなく、本場バリ人のケチャを見てみたいと思うのは普通のことですわね。本場のものは、もっと見応えがあるのだろうと期待していてね。

で、自転車に乗って、ケチャのチケットを販売しているという家に行くと、身体の大きな男が出てきた。あんまり愛想がいいとは言えない、どちらかというと、威圧感があって、ムスっとした感じの男でね。肌の黒いインドネシア人。実は、ケチャのリーダーだという。バリ島ではよく見かける様子ですが、首の伸びたTシャツに短パン一枚の姿で、暇そうに、家の前でプラプラしていた。

でも、話してみると、冗談好きで、日本人の女はどうのこうのと、お茶目な人だったんですよ。いろいろ話をしているうちに、私がライステラスを見るためにバリ島に来たが、どうライステラスまで行ったらいいか考えていると伝えたら、

「だったら、ライステラスまで、俺のバイクで乗りしていこう。ガイドを紹介してやるよ。」

という。

ケチャのリーダーに案内してもらえるのは面白いと思い、その提案にのったんですよ。

チケットを買い、その晩、会場となる寺院まで自転車で出かけ、ケチャを鑑賞した。焚火を囲むように男どもが座り、ガムランの楽器が鳴る。インドネシアの深い夜の闇に「チャ、チャ、チャ、チャ、チャ、チャ、チャ」という声が響き渡る。空には多くの星が見えていた。やっぱりね、名古屋人のケチャと違って、本物のケチャは漆黒の深みがある。バリ島の湿った空気が揺れているよう。人数も多いし。

で、翌朝、ケチャのリーダーの家へ再び行って、日本でいうところの、スーパーカブのようなバイクの後ろの席に乗り、ライステラスまで乗せていってもらいました。2人乗り。道の舗装はあまり良くなくてね、もう、その、尻がね、痛くなったんですよ。もともとは熱帯地域なので、ジャングルを切り開いて、稲作を行ってきたということで、土が肥えている。日本の場合、土が痩せているので、とても三毛作なんて、土地が耐えられない。

空港で、飛行機を降りた時に、まず濃い香辛料のような土の匂いがしたけれど、ここはそれほどにまでに、土が息をしているのですよ。ジャングル由来の土は臭くて、強いのですよ。

ケチャのリーダーと2人乗り、2ケツでバイクに乗って、強い陽射し中、棚田を目指す。背の高いヤシの木も多く生えていて、途中に見かける田んぼでは、数人の農家の人がいて、女性が田んぼの中の草むしりをしていた。こちらでは除草剤を使わないのかしら。

ライステラスに着くと、リーダーは、高齢の男性ガイドを紹介してくれましてね。といっても、普通にライステラスで仕事をする農家の人で、自分の耕地を歩いて案内してくれたという感じ。私は、そのガイドについていって、ライステラスを登ったり、降りたり。段差がかなり急で、じいさんの慣れた歩きについていくのに大変だったですよ。

その間、ケチャのリーダーは、バイクを道の端に停め、本人も椅子に座って、ずっとこっちを見ている。たまに手を振ると、向こうも振り返してくれた。

2時間ぐらいのライステラスのウォーキングが終わると、その農家の方に少しばかり謝礼を払い、ライステラスを後にした。またリーダーのバイクにまたがり、2人乗りでウブドに帰っていく。

ウブドに着くと、ケチャのリーダーは、一緒にご飯を食べようと言う。というか、こちらがお礼にごちそうするということだが。まだお昼を少し過ぎたくらいでしたしね。で、彼がいつも行っているという食堂に行ったのですが、そこは本当に地元の人間しかいない、簡素な建物のお店だった。日本の大衆食堂のように、いろんなおかずが並んでいる。インドネシア風のカレーっぽい味付けのお魚の煮物ややきとり、切り分けてビニール袋に入っているすいかもありましてね。おばちゃんがいて、好きなものを注文していくのですが、最初に大きなご飯のお釜があって、で、結構、ハエが飛んでいたのですよ。

私は仕事の関係で、食品衛生責任者の講習を受けたことがあったのですが、熱を加えたものでも、4時間以上経つと、食中毒の危険性があるといった知識はあったので、この食堂はヤバいと思ったんですよね。バイクに乗っけてもらったケチャのリーダーを前に、お礼をしなければならず、食事を断ることはできなかったわけですよ。で、腹くくって、一緒に食べていったんですよね。

「このお店はいつも賑やかで、味も良くて気に入ってるんだ。」

とリーダーは微笑む。

でも、こちらね、内心、これはお腹壊すなと。

よく朝には、明るくなるかどうかぐらいの時から、もう何度もトイレに行くことなってしまったわけですよ。

その時の私のホテルの部屋は広かった。ベットからトイレまでがちょっと遠かった。実はウブドに来てから、自転車でぐるぐると回っていたら、小さいけれどプールがあって、そこからライステラスが見られるこじんまりとしたホテルを見つけたのですよ。ホテルより西側にライステラスがあって、夕暮れ時には、ほんとビューが素晴らしかったのですよ。

外国人観光客向けで、観光バスで来る団体客も泊まったりしていましてね。で、このホテルを見つけて、一目で気に入って、そのままフロントで交渉した時は空室が無いと言われたけれど、翌日、電話があって、「部屋が空いたから、いいよ」みたい展開でね。

で、ホテルに来てみたら、スウィートルームを案内されて、えっ、嘘と驚いたが、そこしか空いておらず、しかも料金は普通の部屋の料金のままでいいと言われた。スウィートルームといっても、そもそも高級なホテルではないので、大したことはないが、ただ一人で使うには広かった。イメージとして、卓球の台が2,3台は並べてプレーできるかなという感じだったかな。持て余していたね。

最初に、このホテルを見つけて、交渉した時に、

“私は、ライステラスを見にバリ島へ来たが、このホテルのプールサイドからのビューに惚れ込んでしまった。だから、このホテルに滞在したい。”といった旨を熱く語ったのがよかったみたいで・・・熱く語ったというか、英語が今一つなので、一生懸命に伝えようとしたというのが本当のところなんですがね。

で、そのホテルに来てからは、暇があると、プールサイドで、ライステラスを見ながら、ぽーっとしていたので・・・そんな暇人だから、若いホテルのスタッフが声を掛けてくれましてね。仲良くなっていったんですよ。まぁ、よくおしゃべりなんかしていたのですよ。ゲイのベルギー人の客がいて、プールサイドで“お前の○○を握らせてくれ”なんて言ってきて、逃げても部屋の前まで付いてくるという、可愛らしいトラブルもありましたが。

スタッフさんが、洗濯ものなんかを折りたたんでいて、私が自分のパンツなんか見つけると、

「あ、それ、俺のだから、特別にきれいにしておいてね。」と言うと、向こうも、

「こんな汚いパンツ、触りたくないよ。」と冗談を言い合ったりして。

で、私はお腹を壊して、病院に行くことにしたのですがね。ちょうど海外旅行保険に入っていたので、せっかくだからね、病院に行っておこうかと。一応、提携している病院は、日本語が通じるようなことが小さな携帯パンフレットには書いてありましたが、まぁ、ちゃんと症状ぐらいは言いたいと。で、その朝にいた顔馴染みのスタッフさんに、“昨日、悪いものを食べて、何度もトイレに行く”ようなことを英語でなんて言うのか、尋ねた。

丸っこい体系の、でも、角刈りの髪型の、肌の黒い20歳くらいのスタッフさんが教えてくれましてね。

“ディアローファー”

聞き返すと、彼は何度も発音してくれた。私も彼の口元を見て、私も“ディアローファー”と何回か練習し、覚えようと何度もつぶやいた。少なくとも病院に着くまでは忘れるわけにはいかない。

診察してもらう病院、つまり海外旅行保険の対象の病院がウブドに無いので、残念ながら、ホテルをチェックアウトし、違う街へ移動することにした。

お腹を壊しているので、なるべく水分を取らないようにしてね。バリ島は暑いので、それは結構しんどいことだったんですよ。バスに乗って、数時間のところなので、命に係わることではないですが。

で、バスの中で他のバックパッカーたちと話をする。

なぜ、ウブドから移動するのかと聞かれれば、病院に行くためで、その理由は“ディアローファー”だと答えるのですが・・・これが通じない。でも、通じる人もいたりする。

あまり使わない英単語だから、ネイティブで英語を話す人以外には通じないのかしら、と思ったりもしていましたけどね。病院に入ってみると、“日本語が通じる”と紹介してあっても、本当に片言レベルでしか、日本が通じず、どうしても英語で話すこととなる。

で、症状として、“ディアローファー”だと言っても、医者は“はてな?”という訝しむ顔をして理解してくれない。

仕方ないので、“昨晩、悪いものを食べて、何度もトイレに行く”というようなことを話したり、手でお腹を押さえて、もう一方の手を宙に上げて広げて、苦しそうな顔をするジェスチャーを加えたりして、伝えたのですがね。で、強い薬をもらって、その後、数日間、まだバリ島に滞在したけれど、まぁ、大人しくしていたわけですよ。

 

で、数年後に分かるのですが、下痢という意味のdiarrheaという単語。

正しい発音は、“ダイアリア”だったんですよ。

私は、腹痛をして、病院に行かなきゃという中で、すがる気持ちで若いインドネシア人のホテルスタッフから“ディアローファー”と口頭で聞いたので、もうそればかり脳みそに焼き付いてしまい、アルファベットの綴りは知らないままでいて、以来しばらく、ずっと下痢の英語は “ディアローファー” だと思っていました。

 

こんな体験があるから、diarrheaという単語を忘れることは、まぁ、無いわけですよ。

 

という具合にですね。人間の記憶というものは、体験とか、ストーリーとリンクする方がよく頭に残るのです。

星同士のアスペクトも、アスペクト表を眺めて覚えようとしても、なかなか頭に入ってきません。家族とか、友人とか、職場とか、どんどん現実の人間を鑑定して、“先輩のAさんは、火星×水星凶角の口ケンカ星があって、ほんと毒舌のマシンガントーク”とかを見てしまうと、火星×水星凶角を他で見る度に、先輩のAさんの像が浮かび上がってきて、その次に“口ケンカ星”と記憶がリンクして、その意味を引っ張り出してくれるわけですね。

またね、セミプロになって、占いイベントに出て、一般のお客さんを鑑定することになった時、例えば木星×土星の凶角があって、その意味を忘れた時・・・かなり焦って、冷や汗をかくわけですよ。お客さんの前で「分からない」というのは、かなり恥ずかしい。まぁ、何食わぬ顔で隣に置いておいた本でさらりと調べるのはありですけど。でも、そんな思いをすると、もう二度と忘れるものか、とこのアスペクトが頭に刻み込まれてしまう。

ちなみに、木星×土星の凶角を、私は財に計画性が無いということで“お金たまらない星”と呼んでいますが、金銭感覚がザルの可能性があるということで。

ですから、アスペクトを覚えたかったら、本やネットの表を眺めるのではなく、人間相手に実践していくことですよ。

 

で、話はまた戻りますが、上のdiarrheaのことですがね。

私、どうしても、下痢という英単語を思い出そうとすると、“ディアローファー”となってしまう。今だに。むしろ“ダイアリア”の方を忘れてしまう。

ライステラスを見たくて、バリ島に行って、ケチャのリーダーと食事して、ホテルのスタッフに教えてもらって・・・あまりに深く根付いてしまっているんですよね。

でも、まぁ、それはそれでいいかな、という気もしますしね。

何十年か先、認知症にでもなって・・・“ディアローファー”を忘れる時が来たら、バリ島の旅行のこともすべて忘れる時でしょうしね。