星占い師 つぼぼのホロスコープ星占い ブログ部

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2016年12月

「逃げ恥」のような恋愛が流行っているんですよ

先日、知り合いの結婚式に出たら、新婦の親戚が家族で「恋ダンス」を踊っていた。
最初は小学生、幼稚園くらいの女の子、男の子の子供3人が踊っていていた。が、2フレーズ目から、40代くらいのお父さんとお母さんも加わった。そのお父さんとお母さんは、2人ともしゃれっ気の無い眼鏡をかけていて、いかにも真面目そうな人だった。5人ともフォーマルな格好していて、娘さんはかわいらしいドレス。ぎこちなく踊っている5人の姿は、幸せそうな家族そのものだった。
この「恋ダンス」というのは、誰が踊っても恥ずかしいということのない、懐の大きな点も受けているのだろう。

「逃げるは恥だが役に立つ」というドラマがどんどん視聴率を上げていって、話題となっているが・・・私もあのドラマを少し見ていて、星占い師として、なるほど、こういうことかと思い当たるふしがあった。

前回のブログで、運気の追い風や適職の成功の度合いも社会環境や時代によって変わってくることを話させてもらった。実は恋愛の形も最近変わってきているのだなぁとつくづく思うことがよくある。
「逃げ恥」の内容を簡単に話せば・・・彼女いない歴35年の35歳の男性が、恋愛することなく、事務的に契約結婚というもので、ある若い女性と一緒に暮らすことになり・・・だんだんと恋愛するようになるのだが・・・というもの。ムズキュンという初恋に似た感情もさることながら、熱い恋愛は避けるけれど、結婚はするというスタンスが受けているようだ。いい意味での草食系の恋愛ドラマとも言えるかな。

恋愛の相性診断については、「愛の鉄板法則」シリーズで、いくつかのパターンを説明させてもらった。エロ星(金星♀×火星♂)ができると、ときめいて燃えやすくなるとかね。
その中で、くされ縁は、吉角にしろ、凶角にしろ、グランドトライン(正三角形)やTスクエア、グランドクロス(十字架)など強いアスペクトによって生じると話した。くされ縁とは平たく言えば、がっちりとした離れにくくなる、付き合いが長くなる関係のことだ。

その逆はどういう関係になるか?

凶角ばかりでは、そもそも嫌な相手なので、友人になることはない。だいたいそんな人の生年月日も知らないし、知りたいとも思わない。そこそこの吉角の相手ならば、まぁ、そこそこ気の合う仲間といった感じだろう。

では、相性鑑定で吉角も凶角もほとんど無い相手とはどんな人か?

中学や高校時代に、クラスに終業式までほとんど話をしなかった男子って、いませんでした?
(あなたが男性なら、女子)
まぁ、職場にもそれくらい無関心な同僚がいることでしょうけど・・・。

そういう人との相性鑑定してみると分かるのだが、吉角、凶角ともにほとんどできない、もしくはゆるいもの、弱いアスペクトしかできなかったり。
共感して盛り上がることもなく、ケンカするわけでもなく、ただそこにいるだけといった人たち。空気のようと言えば、そうとも言える関係。

そんな人たちとはあまり深く関わることが無いだろうと思っていたが・・・鑑定していると、最近は、こういった関係が恋愛になっていたりする。

どういうことか?

クラスの中で、ほとんど口をきくことがなかったような相手というのは、・・・逆に言えば、“人畜無害”ということ。また“干渉し合わない”関係でもあるのだ。
私もどうしてだろう?と思っていたのだが、この“無害”というのと、“空気のような存在”という男女の関係が、今どきは居心地良いようなのだ。

鑑定していて、相談者の彼氏との相性を診てのだが、・・・エロ星(金星♀×火星♂)や恋愛星(金星♀×木星♃の吉角)、一目ぼれ星(金星♀×天王星♅)・・・といった恋愛につながる星並びが無く、あってもそれほど強いものではなく・・・“この人のどこに惹かれているのですか?”って、私が逆に訊いたりする。
すると、

「この人に男性的な魅力とは、感じたことがほとんど無いですね。」
「一緒に居ても、話はあまり盛り上がらないです。」
「あまり気に掛からず、楽にいられます。」

といった答えが返ってくる。

倦怠期を過ぎた夫婦ならともかく、これが結婚前の、同棲中のカップルだったりするのだ。
彼女、彼らが求めているのは、熱い恋愛ではなく、人畜無害、互いに干渉し過ぎないということ。行き過ぎた恋愛というか、男女が一緒になると、DVやストーカーといった問題が出てくることもある。自分が被害者にしろ、加害者にしろ、DVやストーカーというような関係は避けたい。
さらに財運を落とすような相手では困る。
つまり、相手には“無害”であって欲しい。
これが恋愛において、最優先されるということだ。

一方、熱く燃えるような恋愛も嫌ということであろう。燃えるような恋愛は、見方を変えれば、しつこい、ねちっこい、暑苦しい恋愛でもあるわけだから。あまり気を取られたり、干渉されるのが嫌なのだ。
というわけで、むしろ、互いにある程度、クール、“無関心”であって欲しいというようなスタイルの恋愛観ができてしまっているということだろう。

こういう相性の、運気的にも淡白な恋愛を求める傾向は、前から再婚の人には時々見られた。
最初の結婚が熱い恋愛で始まったのだが、その後、いろいろと苦労して・・・だから、2度目は落ち着いた生活のできる相手が良いと・・・。
そういう相談者の相性鑑定をすると、やはり“どこに恋心があるのだろう”というような関係だったりする。私は、“死ぬまで独りでいるのは淋しいから、ともに歩む人が欲しいということだろう”と理解していた。それはそれでよく分かる心境だった。

でも今は、普通に若い人たちが、吉角も凶角もない“同じクラスでもほとんど口をきかなった”淡白な存在感の相手との恋愛を最初から求めるようになっているのだ。

そもそも各種研究所が発表しているデータを見れば、若い人たちが彼氏、彼女を作らなくなってきている傾向が鮮明になっている。かつて“彼女いない歴○○年”とか“SEXの経験なし”というのは、恥ずかしくて、堂々と人には言えなかったものだ。

もう少し俯瞰してみると、・・・西洋占星術は2500年以上の歴史がある。
結婚するのに、恋愛をして、広く自由に相手を求められるようになったのは、戦後の、しかも1960年代以降だろう。戦前、戦中を舞台にしたアニメ映画「この世界の片隅に」の主人公すずも相手をほとんど知らずにお見合いで恋愛無く結婚している。結婚した後に恋愛をしているが。私の親の世代も、映画などで“自由恋愛”を夢見ながらも、実際にはお見合い結婚している。
明治や大正時代になれば、それこそ、家同士のバランスや付き合いなんかも大いに影響したろうし・・・よくよく考えれば、自由に恋愛して自分で相手を決められた時代は、歴史的にはずいぶんと短い期間だった。

となると、“自由に恋をして結婚する”というのは、1つの流行だったのではないかと思われてくる。

街に流れるクリスマスソングは不思議と、今だにワム!(Wham!)や山下達郎といった20~30年前の曲だったりする。
もしかしたら、“自由恋愛をして結婚”は、日本のバブル時代前後に刷り込まれた幻想ではなかろうか。
実は、それほど多くの人間が、“激しく自由恋愛をして結婚”ということを性格的にも運気的にもできないのではないかと思ったりもする。
今、若い人たちが“恋愛が面倒くさい”と素直に言っていたりするが、実は昔からそういった人たちが結構いたのだろう。ただ、周囲の雰囲気で言いづらかっただけでなかったのかな。だから“夫婦は共同経営責任者”という言葉にも強く共感されているのだろう。世を生き抜くための戦友みたいなものだと。

鑑定していて思うのは、今は30代後半で結婚相手が上手く見つけられず、結局、結婚相談所や婚活にいそしむ人たちが多いということだ。前に働いていた会社の同僚は、結婚相談所に登録することが恥ずかしいと考えていたが、今思えば、それこそ“広く自由に恋愛して自分で相手を探すのが、本来の結婚”という呪縛にかかっていたのだろう。日本人の歴史全体でみれば、お見合いなど、周囲の世話によって結婚してきた歴史の方がはるかに長いわけであるから、元に戻りつつあるだけなのかもしれない。夫婦は共同経営責任者という言葉に共感すること自体、恋愛よりも生活を共に営んでいくことを重視しているわけで。
戦後、もしくは明治維新以降、多くの文化が西洋から入ってきたが、どうも、多くの日本人はフランス人やラテン系のような恋愛スタイルはいつまで経ってもなかなかマスターできないようで。そうありたいとは願っているんだけどね。

で、“周囲に世話をされて結婚”というシステムが、多くの人が地元を離れたり、地縁が無くなったりといったこともあって崩れてしまい・・・結婚できずに困っている人が多くでてきたと。そもそも実は恋愛を楽しめる民族でもないし、みたいな。

十年ほど前に、携帯のメールなどで若者たちが好きな相手に告白していることを知った時は、なんて時代が来たんだと感心したことがあった。だって、私の高校時代は、電話か、直接面と向かってデートに誘っていたわけで、そりゃ、誘おうと思った前の晩から心臓がバクバクさせていたわけですよ。電話だと相手の親がまず出るわけで・・・。それが、時間を考えず、携帯のメールで直接デートに誘って・・・なんて、ずいぶんお手軽になったものだなぁと。

ところが、そんな手軽さが裏目に出て、SNS時代になって、告白すると、あっという間に仲間に知れ渡るようになった。まぁ、告白したことを知っているのは、告白された相手だけのはずで。その告白された人が、友人に話したりするんでしょうね。するとその友人がアップしてしまうと。
まぁ、告白して上手く行けばいいけど、告白された側は“私、○○君にデートに誘われちゃったけど、・・・”なんていうのは、周囲から見れば1つの勲章になろうけど、・・・断られた側は・・・周囲にバレバレでは、恥ずかして恥ずかして。振られた経験の少ない者にとっては、相当なトラウマになることだろう。
そんな情報拡散の時代になったせいで、若者たちは告白もしづらくなったようで。

本当は、ラテン系のように自由恋愛も平気でできる恋多きタイプ、恋には憧れるけど腰重いタイプ、恋にはほとんど関心無いけれど一人では生きていけないタイプが、どの時代にも同じような割合でいて、ただそれが商業メディアも含めた社会環境、教育、倫理観によってなんとなく恋愛スタイルの風潮に流されているだけではないのかな。まるでファッションのように。

熱い恋愛なんていうものは、本来、熱愛体質の人間だけができて、それ以外の人間はそこそこの恋愛で十分なのかもしれない。ただ、“○○のような恋愛が素敵だ”と小説やドラマ、演劇などのメディアに刷り込まれて、皆が同じような恋愛を目指すようにさせてられているとか。

90年代はトレンディードラマでね、熱い恋愛がもてはやされてね・・・でも、現実にはそんなドラマの主人公に皆がなれるはずがなく、で、今は「逃げ恥」のような恋愛になっていると。まぁ、それはそれで偏っているのかもしれないけど。


となると、星占いの鑑定も昭和の恋愛観でアドバイスしてはならないわけ。
昭和の恋愛観で書かれた西洋占星術の本を鵜呑みにしていては、「逃げ恥」のような恋愛は理解不能で、脳みそがフリーズしてしまう。

時代によって変わる社会環境に合わせて、西洋占星術の鑑定法も変わるということですよ。
その時代の価値観とか恋愛観に対して、敏感になっていないといけない。

だから最近は、相性鑑定でも・・・

「相手にあんまり好きといった感情が無いよね。第一印象も弱かった。熱い気持ちも湧かない。
 人畜無害で、執着心も無いし、存在感がない。
 いいねぇ~“逃げ恥”みたいで。」

と言ったりもする。

この“逃げ恥みたい”という言葉に良い印象があるから、・・・これはこれで伝わりやすくなったな。

追い風 と 手の届く範囲

前回の「幸せの言いなりになるな」がかなり反響大きく、熱いメールをいくつも頂いたので・・・
でも、あまり勢いついて、ただ突っ走られても、後が大変だろうから、星占いをどう使っていくかという点を今回は補足しようかなと。

で、前回、星占いは “追い風”が吹くかどうかを分かることを伝えた。
例えば“1億円手に入る” “優勝する” “医者になる”なんて星並びは無い。あくまでバイオリズムのように、財運の良い波が来るか、恋愛運の悪い波が来るかというような感じ。

つまり、“追い風”がいつ吹くか、それをどう使うかということが、星占いを使うということ。
“追い風”とは前回書いたけど、自転車を漕いでいる時をイメージしてもらえればいいんだけど、“向かい風”ではいくら力をいれてペダルを踏んでも全然前に進まない。しかし“追い風”が吹いている時ならば、ペダルを漕がなくても、スーッと進んでいってしまう。

その “追い風” 情報をどう活かしていくか。
一方的に、相談者に向かって、“あなた来年、財運が良いわよ”と言っても、どのくらいいいのか、だからどうすれば良いのかというところが見えないままになってしまう。これではせっかくの“追い風”情報を活かしきれない。
つまり星並びで、財運が上がる、人気運が上がる、転職運の波が来るといったことが分かるとして、星占いをする者は “それを現実の生活の中にどう落とし込んでいくか” を考えていかなければならない。
特に星占い師は、運気の流れを読むことで相談者に現実的な力を与えなければならないので、星が読めるだけでなく、相手の状況を理解して、それに合ったアドバイスをしていかなければならない。恋愛運だって、彼氏が欲しいっていう人と、すでに婚約同然の彼氏がいて、いつ結婚への話を進めようかという人とでは、“追い風”の使い方が違ってくる。
もちろん、状況をよく知っているのは相談者の方。星占い師は星の動きは知っている。だから、一緒に話し合って、いつ頃吹く“追い風”をどう使うかを考えないとアドバイスとして成立しない。

例えば、来年小さな“追い風”があって、5年後にはより大きな“追い風”があるならば、来年に勝負するのではなく、小さな踏み台にして、本命の勝負を5年後に持ってくる。独立してお店を開業したい方なら、5年後に大きな“追い風”が吹くから、それまでの運転資金をなんとかキープするようにアドバイスするとか。

でもって、運気の“追い風”というものは、自分が最も意識しているものに出るようだ。
実力以上に評価されるバブル星 木星×海王星の吉角の時期でも、働いているからと言って、必ずしも仕事面で出る訳でない。趣味の分野に軸足を置いている人は、そちらの方で高く評価されていたりする。「されていたりする」と過去形の形で書いているのは、これまで鑑定してきての感触を書いているから。
「5年前に現行の木星が良い星回りになっていますが、どうでしたか?」といった質問をした時に、必ずしも職場の関係で出世したのではなく、趣味のダンスの分野でコンクールに入賞したとか、そういう“追い風”の出方をした人を多く見てきた。

「引き寄せの法則」ではないが、自分の求めるイメージの方に運気が強く働くようなのだ。

つまり良い運気は “自分の求めるもの” に出るということだ。
だから、相談者が本当は何を求めているのかというところに目を向けなければならない。というのも、口では会社で出世したいと言っていても、過去の運気を聞いてみると、良い流れが全部、趣味の分野や、副業の方で出ていたりする。だとすれば、その人が本当に求めているのは、本業の方ではないということかもしれない。
実はこの手の運気の出方は、占い師を目指しているOLさんなんかに多い、勤めている会社の方では、仕事運が良い時でもまったく何も起こらないが、勉強していた占いをイベントで披露する機会を得たという話は多い。
その人が本当に得たいところに、仕事運・財運の“追い風”は吹くということだ。

こうなってくると、その人がしっかりとどういうイメージの人間になりたいか、生活をしたいかということが重要になってくる。人が求めているものは様々だ。この間、鑑定した人はあまりにぬくぬくと内向的な生活をしてきたが、子供が離れていくに当たり、普通に友人が欲しいという。もともと社交的で友人が多い人にとっては、なぜそれほどにまで求めるのか理解に苦しむかもしれない。

で、その“追い風”の使い方として、考えておかなければならないのが、人間にはどうしても“手の届く”範囲があるということだ。

例えば、一生に一度レベルの絶好調の飛躍運が、あなたに来年にやってくるとして・・・あなたはアメリカ大統領になれるか?

まぁ、“無理”。

アメリカ大統領選挙はまだ終わったばかりで次回は4年後となる。たとえ、トランプ氏が何からの事件、事故で来年失脚するとしても、その前にあなたはまずアメリカ国籍を取らねばならない。来年にはとても間に合わないだろう。

では、日本の内閣総理大臣なら目指せるかというと、あなたが現在、国会議員でなければ、どんなに強い“追い風”が吹いても無理であろう。
内閣総理大臣になるには、まず国会議員にならねばならない。そのためには、国政選挙に出馬して、勝たねばならないが、衆議院の解散が来年にもあれば、そのチャンスもあるだろうが・・・、国政選挙に勝つためには、テレビなどに出て有名人になるか、せめて地元の市町村で議員くらいはやっておいた方がよいだろう。で、地元の議員に当選するためには、さらに地元の学校のPTA会長ぐらいやっておいた方が良いだろう・・・と考えると、時間というか年月がとても足りないのだ。
こんな話をすれば、気づいてもらえたかもしれないが、私たちはある“社会システム”というものの中で生活しているということだ。

私が言いたいのは、いくら突然来年に、強い風が吹いても、“かなえられる”と“かなえられない”ものがあって、残念ながら、それらの多くは社会のシステムによって作られているということ。社会のシステムというのは、国や時代によって様々だが、法律だったり、慣習だったり、文化だったり、組織のルールだったり・・・。
たとえば、妻子がいる男性を好きになってしまったという不倫だって、一夫多妻制の文化の中ではまったく問題がない。一緒に暮らしたいという想いは、簡単にかなえられるだろう。

で、私はその運気の“追い風”でかなえられる限界を “手の届く範囲” と言ってる。

例えば、将来、内閣総理大臣になりたいと思っているのならば、まずは学校のPTA会長なり、商工会の幹部なり、議員の秘書になって、最初の運気のいい時に“追い風”を使って、地元の市町村の議員になっておく。数年後にやってくる、その次の“追い風”で議長やら、市長を狙う。そのまた数年後の“追い風”で国政選挙に打って出て・・・という具合に年月を掛けて、地道に登っていくしか、この社会システムの中にある壁は乗り越えら得ないのだ。
これは何も政治家だけではない。会社の社長になりたい、女優になりたいという夢でもほぼ同じだろう。物事には順序がある。多くの場合、突然なれるわけではない。
自分の夢をかなえるというのは、やはり地道なものなのだ。一心に自分の道を何十年と追いかけてきた人は、その分、幸運期の“追い風”を何度も使って、社会システムの中でキャリアを積み上げられたわけで、一度くらいの“追い風”くらいでは、そういった人にはなかなかかなわない。
総理大臣になりたいと思ったら、おそらく、学生時代にはその方向に進むと決めないと間に合わないだろう。トランプ氏はアメリカ大統領になろうと思ったのは、ここ数年かもしれないけど、彼は有名人だったから、大統領の地位も“手の届く”範囲内に入れていた。

1つ言えることは、今のあなたの姿は、生まれたから何百、何千もの選択と行動の結果。
そして、未来のあなたは、これからのあなたの選択と行動の結果というわけ。

日頃から、小さなチャンスが訪れた時に、それを迷いなく選択できるよう、自分がどうなりたいかのイメージをしっかり持っておくこと。常に選択肢が来た時に、自分がその方向へ行けるようにして、徐々に自分のなりたいものを“手の届く”範囲内へ近づけていくと。

でも、皆もそのくらいのことは分かっているわよね。鑑定に相談に来る人もそれほど“手の届かない”ような夢を実現させることを望むことはまずいないし・・・むしろ私の方がより星回りを見て、現実の範囲内で希望をもたせているくらいだからね。

一方、これまたよくあることだが、仕事・財運が良い時でも、専業主婦の方にはまったく出ないことが多い。遺産をもらうとかはあるが、収入が上がったという具合に出ることがほとんど無かったりする。それは、そもそも財運を上げる蛇口が無いから、出にくい。
“追い風”が吹いても、それを受ける帆が無いということだ。
“手の届く”範囲内に財運を上げるきっかけがあまりに少ないのだ。この社会のシステム上、そういうことになってしまう。

もう一つ、自分たちが暮らす社会のシステムに制限されるものに、職業というものがある。
この仕事に関しては、鑑定相談の最も多い項目の1つだ。

例えば、鑑定に来た相談者が「私は、タクシードライバーになって、成功できるでしょうか」という問いを出してきたら、どう答えるか。

まずは西洋占星術の歴史を考えてもらいたい。2500年以上の歴史があり、今や世界中で使われている。
古代ローマでも使われていたわけで・・・もちろん、タクシードライバーなんて職業は無かった。つまり星並びに“職業はタクシードライバー”というものはない。

星並びで分かるのは、“動いていることが好き”とか“毎日、職場が変わる方がいい”とか“一人の職場が向いている”といったことだ。それらから判断を“タクシードライバー”に向いているかどうかを判断していく。

星を診ても、“女優になる” とか “野球選手になる” なんて出ていないのだ。“女優に向いている”とか“スポーツの才能がある”というものを星並びから判断していくしかないのだ。

私が思うに、星占いでの“適職”というのは、向いているかどうかであって、成功するかどうかではない。向いているというのは、ストレス無く、心地よく、その仕事をこなせるということ。もしくはより積極的に「好きになれる」と考えてもらえればいい。

で、“成功できるかどうか”は、その社会環境によって違ってくる。
これも1つの“手の届く”範囲であろう。
おそらく、相談者の言う“成功”というのは、“大きなお金を稼げる”という意味であろう。
2500年の歴史の中で、世界中どこで生活していても、成功できる職業などほとんど無いことは簡単に想像してもらえるだろう。
例えば、“王様”なんていうのを思いつくかもしれないが・・・“王様”なんて職業(立場、地位)も、現在の先進国にはほとんど無くて、お金持ちとは言えないわな。つまり、成功どころか、職業そのものが、多くの社会に無い。

どのレベルを“成功”と呼ぶかは難しいが、現在の日本の社会において、タクシードライバーで、億単位どころか、数千万円の年収を得ることはまず不可能だろう。30年前の日本ならどうだろうね。円タクと呼ばれていた昭和の始め頃なら、どうだろう。高所得者の方だったかもしれない。

そういったいわゆる社会的成功は望めないかもしれないが、タクシードライバーに向いている人、その仕事にやりがいを持てる人、居心地が良い人はたくさんいる。

同じような事例だが、前に名古屋で鑑定した時に、あるグラフィックデザイナーさんがいた。
その人は金星♀(美)と海王星(感性)とドラゴンヘッドがグランドトライン(正三角形)を作っていた。美的感性はかなり優れた人である。だが、収入が多いかというと、そうではなく、そのことで転職を考えていたのだ。キャリアは長いが、収入はむしろ減っていく一方だという。この人は、この星並びから見て、美に関わるものへの才能はあるだろう。グラフィックデザイナーならば、適職だ。
しかし、メディアの仕事をしている人なら知っているだろうが、グラフィックデザイナーの仕事の単価は、20年ほど前と比べれば、ずっと落ちているのである。かつて、エアブラシなどを使って、何日もかけて職人技で描いていた絵も、今では画像加工ソフトを使ってパソコンで以前より簡単に描けるようになってしまった。しかも、専門学校などが増え、デザイナーの数も増えた。そのため、価格競争になってしまった。
つまり、この平成の世では、グラフィックデザイナーという職業は、あまり稼げる仕事ではなくなってしまったのだ。もちろん、一部の人は稼いでいる人もいるだろうが、全体的には収入は落ちている職業だろう。
でも、そんな風にデジタル化が進んで、収入が落ちてしまった仕事なんて、いくらでもある。百科事典の訪問販売というものが、私の子供の頃はあったが、今はほぼ廃業したことだろう。

つまり、成功する(=大きな収入があると)というのは、本人の才能よりも、要因としては、時代や社会の環境の方が大きいのだ。

適職、才能 =(経済的)成功 とは必ずしもならないということだ。


星占いをするとは、
そういった現実的な“手の届く”範囲を見て、その人にとっての幸せとは何かを一緒に考えて、何かを妥協するなり・・・
“追い風”をできるだけ大きな帆で受けられるようにしてあげることだろう。


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