吉本新喜劇の花紀京さんが昨日8月5日に亡くなった。(以下、敬称略です)

 

吉本は知っているけど、花紀京って、誰? と関東の人は思うかもしれない。

でも、前に大阪出身の自称“吉本のことなら、名古屋の人間より知っとるで”という30代の女性に、私が「花紀京のファンだ」と言った時、やっぱり、花紀京って、誰?というリアクションがあった。私の世代でも、実は花紀京の名前を知っている人は少ないかもしれない。

 

大阪ではどんな具合か知らないが、名古屋地域ではもう何十年も、吉本新喜劇は土曜日のお昼過ぎに放送されている。

私が子供の頃は、週休2日なんてものではなかったので、毎週土曜日は半日で学校から帰ってくる。“下校”という言葉が何とも嬉しい響きがあったものだ。

明るいうちに帰ってきて、1週間が終わって、ここから休みだぁという、開放感があった。帰る足取りも軽かった。そして、給食ではなく、家でお昼ご飯を食べていると、この吉本新喜劇というものが始まるのだった。

土曜日と言えば、夜にはドリフの「8時だよ、全員集合」という子供が絶対的に楽しみにしていた番組があったが、昼帰ってきた時には、見逃してもそれほどショックではない、この「吉本新喜劇」があった。

ドリフが派手な仕掛けで、非日常的な場面で笑わせるのに対し、吉本新喜劇は人情ものの要素があって、近所にありそうな設定で笑いを展開していた。

昼と夜、大阪と東京といった違いがあったかもしれないが、名古屋人にとって、土曜日はこの2大お笑いが存在していたのである。

 

やっと学校の一週間のお勤めから解放されたという気分で、家でご飯を食べながら観る吉本新喜劇は心地良いものであった。最後まで観ることなく、遊びに出かけてしまうことも多々あったのであるが、私の1週間のリズムの1つであったことには間違いない。

 

その吉本新喜劇の中で、最も好きだった役者、芸人が、花紀京なのである。役の名はたいてい“京三(きょうぞう)”であった。これは本名だったのであるが。

吉本新喜劇は舞台の設定が脚本によって、いろいろ変えられていた。港、商店街、観光地、老舗の問屋、工事現場などなどだ。当然、出演者もその内容によって、職業や服装も変わってくる。

しかし、この花紀京はいつも、ニッカポッカ姿で、腹巻をして、ニット帽をかぶっている。そして、いつも鼻の先を赤くした酔っ払いなのだ。

どんなストーリーでも、そんないいかげんで気楽なおじさんの役で登場してくるのである。工事現場などの仕事を適当にふらりとさぼってきて、周囲に責められると、絶妙なボケをかますというパターンである。

周囲が真面目に働いたり、問題に真摯に取り組んでいる時でも、ふざけて茶を濁しているのである。

私は、そんな花紀京が大好きだったのである。

 

その花紀京と二枚看板で新喜劇を盛り上げていたのが、岡八郎である。岡は2005年に亡くなっている。岡八郎という名前の方がよく知られているかもしれない。背が高く、“オクメ(奥目)の八ちゃん”と、その彫の深い顔をバカにされるが、たいがいは2枚目的な役柄が多かった。正義とまではいかないまでも、情と義理に厚く、道理をきちんと守るリーダーの役柄だった。ストーリーの中のどんな問題も、この岡八郎が熱意で上手くまとめてしまうのだった。

だから役柄も店主であったり、教師であったり、板前であったり、常に輝く主人公的なものであった。

 

YouTubeで「花紀京 岡八郎」と検索してもらえば、いくつか出てくる。

今見ると、実に古風なテレビ番組である。

https://youtu.be/wmEgVVFc1EA

https://youtu.be/IDciYfJHHe4

など。

 

 

酔っ払いと、地元のリーダー。

 

だが、現実の2人の姿は真逆であったのだ。

 

花紀京は、横山エンタツの息子である。エンタツ・アチャコと言えば、現代の漫才の形を作った漫才師である。横山エンタツは、横山やすしの師匠でもある。つまり、花紀京は、偉大な父を持つお笑い界のサラブレットだったのだ。花紀京は、父の横山エンタツと同じく博学で、当時のお笑い芸人の世界では珍しく、大学にいっていた(中退)のであった。関西大学である。インテリだったのだ。

父親は横山エンタツ、しかも大学にも通っていたという彼は、吉本の中では浮いた存在だったという。妬みのようなものもあったろう。楽屋では独り、本を読んだり、落語などを聴いて、お笑いを熱心に研究していたそうだ。

父親の力があったのかどうか分からないが、花紀は吉本に入った翌年に、吉本新喜劇の座長に抜擢されている。それは、花紀をより孤独な環境にさせてしまったのかもしれない。

 

花紀京の生年月日は、1937年1月2日。

水星、火星、冥王星で魔のTの字(Tスクエア)ができている。

攻撃的な知性で、毒舌でもあろうが、頭の回転は速く、学者的である。

同時に土星と海王星が180度凶角になっている。

責任に感情がやられるという星並びである。子供の頃に、いじめに遭った経験を持つ者が多い。それは大人になっても続く。ただ大人の場合は、“いじめ”という言葉にはならず、社会的プレッシャーを受けやすくなる。性格も厳しくなる。

でも、苦しんでいるかというと、太陽と木星が0度吉角で重なっているので、大らかさがあるのだ。彼の演じる“京三”はそんな一面かもしれない。

 

一方の岡八郎は、もともと映画俳優を目指していたにもかかわらず、気が小さく、極度のあがり症だった。

その緊張を和らげるために、お酒の力を借りていた。

舞台に上がる時は、お酒が無くては演技ができなかったのである。そしてその量は年々増えていき、多量の飲酒が習慣となり、手放せなくなっていく。

アルコール依存症になっていたのだ。お酒が無いと手も震えていたそうである。

そして命を縮めたのだ。ある意味、芸のために酒で命を削っていたのだ。

 

舞台中も、私生活も、アルコール依存症なのは、岡八郎の方だったのだ。

 

そんな岡を花紀京はどんな風に眺めていたのだろう。

 

花紀京の特徴の1つして、“一発ギャグがない”ということがある。吉本新喜劇の役者には、必ずといっていいほど、お得意のギャグがある。岡八郎なら、「クサ~」とか「空手習っていたんだぞ。通信教育で」などがある。

しかし、花紀京は“間”で勝負する、古い職人気質のお笑い芸人であった。

 

弟子の間寛平は、花紀の絶妙な間は自分には絶対にできないと悟り、それで一発ギャグへの道を加速させたと語っている。そうしてできたのが、お尻を壁にこすりながら「かい~の」といったものだったのだ。間寛平の逆の数はいったいいくつあるのだろう。間寛平が一発ギャグで人気を上げていくと、他の劇団員も、一発ギャグを次々に開発していくことになったのだ。

吉本新喜劇は、一発ギャグの競り合う集団と化していった。

 

やがて、漫才ブームがやってくる。吉本で言えば、やすしきよし、B&B、紳介・竜介、巨人・阪神、ザ・ぼんちなどが活躍した。その時期、花紀京は岡八郎と漫才コンビを組んでいる。いや、ファンから見ると、吉本に組まされたといったものであろうか。どう見ても、若手らのようなテンポとハイテンションで押しまくる漫才がこの2人にできるはずがないのである。

必然であるが、知らぬ間に、花紀京と岡八郎の2人の漫才コンビは消えていた。

 

吉本新喜劇は刷新するため、1989年にベテラン役者を勇退させた。花紀京、岡八郎もこの時に退団している。

 

その後、関西ではドラマなどで活躍したようだが、吉本としては、ダウンタウンを中心に缶コーヒーのジョージアのCMシリーズ「明日があるさ」の中で、部長役で出演する。

 

吉本興業は、収入を上げるためだろうが、その前ぐらいから、キャラクターグッズの販売に力を入れて始めている。吉本芸人のお土産品に仕立て上げ、例えば、音を出すおもちゃなどにして販売している。チャーリー浜の人形が「・・・じゃ、あ~りませんか」と一発ギャグをしゃべるのだ。

しかし、私はいくら探しても、花紀京のお土産品の類は全くなかったのである。

地味だったのであろう。

 

しかし、2001年ごろだろうか。コカコーラ社のジョージアのプレゼントで、唯一、花紀京のフィギアが出てきたのだ。なんと、一番下の景品である。ダウンタウンの2人と、仲間由紀恵と花紀京の4種類が小さなフィギアとなったのだ。この中で、一般的に一番人気が無いのは、花紀京である。

私は、このフィギア欲しさにジョージアを飲んでプレゼントに応募するが、一番下の景品で、そのまた一番人気の無いフィギアを狙うというのは、到底無理な話なのである。

そこで私は、ネットオークションで、この花紀京のフィギアを手に入れた。

落札価格は100円だった。

私は今でもこの花紀京のフィギアを大切にしている。

 

なぜ、子供の頃の私が、岡八郎ではなく、花紀京を好んだのか。

 

どんな舞台設定でも、常に同じスタイルで、ひょうひょうとしていたからだろうか。

その自由さはあれど、とぼけた会話に鋭さが光っていたからであろうか。

タロットカードでいえば、番号を持たない「愚者」のようなものであろうか。

 

ちなみに、岡八郎(1938年4月16日生まれ)の、花紀京の亡くなった8月5日のダブルチャートを見ると、大変な魔の十字架(グランドクロス)ができている。

木星、木星、土星、火星、水星、金星の6つの星で構成されている。

 

もし岡八郎が生きていていたら、花紀京の死は、そうとうなダメージだったのであろう。精神的にも、財運的にも、芸的にも。

 

されど、花紀京のあの酔っ払いの、ひょうひょうとした“京三”をずっと観ていたかった。

そんなキャラクターなのだ。癒しすら感じるのだな。

 

ご冥福を祈ります。hanaki