凶角(ハード、ディフィカルトアスペクト)の無い人なんているのかしら? なんて言われたり、凶角の無い人が羨ましいとか・・・鑑定をしているとそんなことを言われたりする。
「吉角」、「凶角」という言葉は、おそらく、日本に“ハードアスペクト”や“ソフトアスペクト”という言葉が入ってきたときに、星占い師たちが訳に困って、まぁ、それまで日本にあった占い用語の“吉”“凶”を当てはめたのだと思う。

私が思うに、どうも星占い師たちは日本語に訳すのが苦手だったように思われる。星占い用語のほとんがカタカナ語のままだからね。カーディナルとか、ドラゴンテイルとか、・・・そのため、初心者には、テキストを読んでいるうちにちんぷんかんぷんになってしまうことも多々ある。苦手というより、下手だったというべきかな。

凶角というのは、ハード(ディフィカルト)アスペクトで、“強く出過ぎる”という意味である。強く出過ぎるので、コントロールが難しい。だから、災いにつながりやすい。だが、ちゃんとコントロールすると、大いなる力になるのだ。この辺りを理解して欲しい。

実際、“私はハードアスペクトが多すぎて、姉から悲惨な人生を送るわよって言われたので・・・”というのが、理由で、わざわざ東京から鑑定にお越し頂いたお客さんもいた。

そんなに人生は単純なものでないでしょう、と私は言いたいね。


私の知り合いで、マツさんという人がいて、実に、この人は、凶角が無いのである。

しかも、幸運の大三角形(グランドトライン)を持っている。
星占いをテキストだけでやっている人には、この人はさぞ豪勢な人生を送っていると想像するだろう。でも、違うんだな。

マツさんは、愛知県弥富市内で喫茶店を経営している。周囲は、少し離れれば、田園風景がぱーっと広がる片田舎だ。伊勢湾の河口の近くで、店の前には、大きな川面が広がっている。小さな舟なんかも停めてある。

いつも潮と田んぼの匂いが、風で吹かれてくるところだ。

車から降りて、その風にあおられると、落ち着いた気分になる。

喫茶店と言っても、ある意味、隠れ家的なお店で、・・・どう隠れ家的かというと、東京でも、看板を出していないレストランなんかがあるが・・・とにかく店が分かりにくいのだ。ツタが壁を多く張ってしまって、看板が見えない。しかもその看板が割れてしまっている。

店は、午後の1時までしかやっていないのである。午後に通れば、古びたシャッターが下りているので、とっくの昔に閉店したお店だと思うことだろう。

旧東海道の道に面しているが、喫茶店にでも入って休憩しようと思って運転している人でも気づかない。

そんなお店をマツさんは一人で回している。


ここまで書くと、落ち着いたお店に思われるが、このお店は、午前中はかなり混んでいるのだ。60歳以上の人生のベテランの方々ばかりだが、かなり賑やかしい。ゲートボール帰りの団体がだべっているのだ。

しかも競馬ファンのたまり場で、競馬のある日は、午後の閉店後にもいつもメンバーがごっそり集まってくる。ここのテレビはスカパーに加入している。この辺りでは珍しい。ただし、グリーンチャンネルという競馬専門の1チャンネルのみだ。

競馬の強者が集まっているというとそうではない。皆、ほとんど当たらない。近くにある場外馬券場に仲間のうちの誰かが買いに行く・・・、暇つぶしなのだ。マツさんなんて、数字を勘で書いているだけ。当たるはずもない。

穏やかな潮風のように時間が過ぎていく生活の中で、何か楽しいことはないかと、いつも皆で探しているような人たちなのだ。競馬もその1つということだ。
棚には週刊現代から、ジャンプまで雑誌も結構揃っている。そのせいか、マツさんは物知りだ。


私は、今は遠くに住んでいるので、月に1度くらいしか顔を出せないが、もう7,8年くらい通っている。私は40代だが、このお店ではかなり若い方。

こんちは、と言って、カウンターに座ると、“今日は、何しに来たぁ”という言葉が返ってくる。だいたい他の客とも顔見知りになっているので、当たり障りのない会話をする。この定年した人たち特有のまったりとした、特に大切でもない話がなかなか心地良かったりもする。


マツさんは、自分の生年月日を1941年4月2日という。でも、本人も言ってるが、どうも違うようだ。あまりに学年の終わりの方で生まれたので、数日遅らせて、4月にしたのだろうというのが、本人談だ。この年代の人にはよくあることだ。

で、私が本人の性格などから逆算してみて、おそらく3月28日だろうと思う。

仮に4月2日だとしても、マツさんには、凶角は無い。


カウンターに座ると、おしぼりと水が出てきて、そのうちにマツさんのコーヒーが出てくる。昔ながらの喫茶店のコーヒーで、ドリップしたものを、鍋に移して沸騰させるというものだ。だから、結構、苦味・渋味が出てしまっている。
それに、名古屋特有の習慣だが、モーニングサービスというのがあって、このお店ではゆで卵が付いてくる。
私は結構、長居したこともあったので、玉子屋さんが配達に来たのを見たことがある。ケースの中でどっさり山になっている玉子の中から、マツさんは、1つずつ手に取っては、選んでいくのだ。そのせいか、確かに、ここのゆで玉子は美味しい。
で、「今日は、堅いのにするか? 半熟にするか?」
と訊かれる。
私は、とりあえず、要らないふりをする。

なぜ、そんな遠まわしに遠慮をするかというと、私はコーヒー代を払ったことが無いからなのだ。

これまで一度も払ったことが無い。
まったく無い。
だから、“半熟がいい”なんてわがままは言う資格はない。

その昔、このお店に初めて入った時、ごく普通のことであるが、コーヒー代を払おうとした時、

“お前なんか、金払わんでええわ”と、代金受け取りを拒否されたのだ。

そんなことが何回か続き・・・、

私も気分が良くないので、美味しくて評判の高価な漬物を買って持って行ったことがある。
すると、マツさんは、「今日はもらっておくけど、お前、2度とわざわざ“買って”持ってくるなよ」と虫の居所が悪そうな顔をして言った。そしてその漬物は、その場に居合わせたお客に配られたのだ。

このマツさんの人のいいところはそれだけではない。お昼時に行くと、(つまり閉店直前に行くと)、

「お前、腹減っとるか?」
と言いながら、ラップに包まれたおにぎり2個を取り出し、1個を分けてくれる。しそのおにぎりだ。紫の細かな点々が入ってる。ラップを開けると、ぷ~んと酸っぱい香りが広がってくる。
でも、その私におにぎりを手渡す時の様子が、やや未練がましい。
聞くと、自分のお昼用に朝握ったものなのだ。 私もそれを知ってからはさすがにもらいづらくなったので、断るようになると、・・・トーストを焼いてくれるようになった。もしくは牛丼を作ってくれたりする。
それでも、マツさんは、一向にお金を受け取ることはない。
私も“いただきます”と言って、甘えている。

でも、マツさんは、お土産は受け取る。

だから私は出張などで、遠くに行くと、必ずマツさんへのお土産は忘れずに買うようになった。でも、そのお土産もほとんどの場合、その場に居合わせた人たちに分けられるのだ。
ただ面白いことに、かりんとうを持って行くと、独り占めをする。マツさんはかりんとうが好物なのだ。ほかのお土産は分け与えるが、かりんとうの時はこそっと店の奥に持って行ってしまう。かわいい人なのだ。


マツさんの人の良さは、私に対してだけではなさそうだ。マツさん曰く「欲しいものがあれば、言えば、誰かがもってきてくれる」という。

来るお客さんは、田舎特有の子供の頃から知っている者同士。同級生の人もいる。しかもほとんどの人が、兼業農家の人ばかりなので、ナスが欲しいと言えば、誰かがナスを持ってきてくれるのだ。とうもろこしが欲しいと言えば、別の誰かがどっさり持ってきてくれる。
野菜だけでなく、普通にお菓子の差し入れがある。
タイミング良くいくと、私もその一部をどっさり頂戴したりする。

凶角の無い人の人生の特徴は、食いっぱくれることが無いということだ。

生まれてから、死ぬまで、飢えるほどどん底には落ちない。
だから、のんびりとした性格になる。もし近くにポロスコープに凶角の無い人を見つけたら、よく観察してみるといい。

マツさんの家の母屋にも上がらせてもらったことがあるが、大正時代のオルガンがあった。16mmのフィルムに親父さんなんかが写っているという。つまり、それなりの名家だったのだ。


マツさんはその昔、お花の先生なんかもやっていたという。だから、お店の花瓶には花が飾ってある。残念ながら、店の中がごちゃごちゃしているので、せっかくの花に目がいかなかったりする。


この喫茶店は、マツさんが始めたわけではない。奥さんが始めたものだ。もう10年くらい前の話であろう。

生前はあまり仲が良くなかったそうだ。奥さんがお店をやっていた頃は、マツさんは店には顔を出さなかったという。
マツさんは、奥さんとはほとんど口も利かず、結構きついことを言っていたらしい。かなりの亭主関白だったようだ。


マツさんは、冗談のように言う。
「なぁ、人生の最大のギャンブルは“結婚”だよ。俺は、そのギャンブルに負けたんだよ。」

でも、奥さんが亡くなった後、マツさんは、奥さんのお店を閉じないようにするために引き継いだのだ。そして、このお店と奥さんの常連ファンも引き継いだのだ。

数年前まで、カウンターの背後の棚には、亡くなった奥さんの遺骨が置いてあった。
その位置に奥さんが立っていたそうだ。

奥さんが亡くなってから、四国八十八箇所巡りを始めたそうだ。でも、お店は火曜だけが休みなので、何週間もかけてずっと廻り続けているわけではない。バスで行って、何か所かずつ廻ってくる。今、三週目に入っている。

四国八十八箇所巡りだけではない。

マツさんの趣味と言えば、競馬と神社仏閣巡りだ。マツさんは友人には事欠かさない。賑やかな性格だから、男女問わず、いつも人が集まってきている。だから、神社仏閣巡りもツレはいっぱいいる。

で、私がそのおツレさんに、「この間はどこに行ってきたの?」と訊いても、「名前は知らんなぁ、こいつ(マツさん)が行こうというから、付いて行ったんだよ。」なんて答えが返ってくるだけだ。

旅行先では、写真をいっぱい撮ってきては、気に入ったものを引き伸ばして額に入れて、店に飾っている。

そして私が動画で見たいといったら、富士山の日の出を動画で撮ってきてくれた。

下の動画で聞こえてくる声は、マツさんの店の常連たちとマツさんだ。

http://youtu.be/Yq_m0cPMrAQ


マツさんは熱心で、多くの真言も暗記している。


マツさんに、なんでそのお寺に行ったのかと尋ねると、「こいつ(亡くなった奥さん)が連れていけって言ったからだよ」と答えられたりする。


私の個人鑑定を受けた人は、私が右手の小指に指輪をしていることを妙に思うかもしれない。私は金属アレルギーらしきものがあるので、金属はあまり身につけないのだ。時計もチタン製にしている。

この右手の小指にしているのは、マツさんが三週目の四国八十八箇所巡りを始めた時、最初の霊山寺で、友人のために買ってきたお土産だ。3つほど買ってきたが、一人が要らないと言ったので、「お前にやるわ」ということで、私がもらうことになった。
マツさんもすでに指輪をはめていた。
いつもただでコーヒーなどを奢ってもらっている私には、断るという選択肢はない。
そして、もし、次にマツさんのお店に行ったときに、指輪が付けていないと、マツさんが嫌な気分になるといけないので、ずっと付けていることにしたのだ。
付けたり、外したりしていると、忘れるでしょ。

マツさんは独りで暮らしている。

息子さんは2人いて、お二人とも、大手航空機メーカーに勤めている。孫も数人いて、20歳前後になっているという。
でも、あまり寄りつかないそうだ。

“お正月には、孫が来たけどよ、お年玉ねだられて、からっけつだぞ”と嬉しそうに話していた。

私は、母が亡くなったことを話した。
マツさんは洗い物をしながら言った。

「親父さんもお袋さんもちゃんとお前を見守っているよ。」

「・・・そうかなぁ」

「お前は子供の成長をいつまで見守っていたい?」

「・・・死ぬまで見ていたいな」

「そうだろう。親は口出せなくても、子供のことがずっと心配なんだよ。」

私の顔を見て、スケベな雑誌を覗いている時と同じ、しわを寄せてニヤリとした顔をした。

私は、下の息子さんと同じ年なのだそうだ。

それが、私のただメシの理由かもしれない。

マツさんのコーヒーは濃くて、苦い。
でもって、私が砂糖を入れようとすると、
「砂糖なんか入れんでええ、お前のは薄めてある」そうだ。

秋になると、庭にある筆柿を獲って、皮をむいて、干し柿を作っている。マツさんは、午後はそんなことをしていたりする。

その横に洗濯ものが干してある。

くたびれた白い男もののシャツ、パンツ、タオルが並ぶ前に、干し柿が縦に何列も並んでいて、風にゆったりと揺らぐ。

マツさんは自分の墓も用意している。代々のお墓とは別に、共同墓というのを建てたのだ。お子さんがいなくて、入る墓がないというか、墓を建てても誰もお参りをしてくれないとか、・・・そんな人が誰でも入れるように特別なお墓を建てたのだ。そこにマツさんは入るらしい。先祖代々の墓には入らないんだって。多くの他人と一緒に入って、見知らぬ人に参ってもらって、“この人は誰の家族やろ?”なんていいながら、あの世の生活を楽しむそうだ。


生まれた時の星並びに凶角の無い人は、安泰な人生を送れる。

時々、現行の星と凶角を作ると、普段、試練に慣れていないせいか、ダメージが大きい。それでも、その後、ちゃんと救われたりする。
さらにマツさんは、幸運の大三角形まで持っているから、その試練の数もずっと少ないだろう。

でも、厳しい試練を受けないためか、食うに困らないためか、ハングリー精神が出てこない。欲が無くて、こじんまりとした人生になってしまう。

そう、欲が無い、向上心が弱いのが、凶角の無い人の特長なのだ。


幸せか、不幸せかと言われれば、もちろん、幸せの部類に入るだろう。

食うには困らないんだから。

しかしながら、今の“成功者、正社員、非正規雇用”“勝ち組、負け組”という、せちがない世の中で、皆が贅沢をしたいと思う世の中で、こういうこじんまりとした人生をどれほどの人が羨ましいと思うだろうか。


おそらく、今の世の中では、“強く出過ぎる”凶角があった方が生き易いのかもしれない。実際、社長さんたちの星並びを診ると、凶角だらけという人も結構いるしね。競争心やハングリーさ、欲望があって、それを満たそうと奮闘して、実際に手中にゲットして、喜ぶ。これが普通にいうところの“幸せ”でしょ。


海から吹く風が、毎朝心地良く感じ、楽しい仲間といっしょにいられるだけで幸せを実感できる人生が、しょぼく見えたりする。たかだが、田舎の喫茶店の経営者。

それが今の世の中だったりしてね。


あなたはどっちがいい? 凶角のない人、
or 凶角のある人。

・・・でも、私はマツさんが好きだ。 ただでコーヒーを飲ませてくれるから。


お店に来るお客もみな、マツさんのことが好きなのだ。


明るい気分にさせてくれるから。