信じられないくらい、他人のために奉仕する人が時々いるのよね。
私の知り合いで、ホームレスの自立支援のNPOに入っていて、毎日のように無償ボランティアで身体を動かしている人がいるのよ。
 

 50代後半の独身の男性でね、熱心というか、まるで炊き出しや調理場に立つことが自分の仕事のようだと言わんばかりにぐいぐいやっているのよね。ここではAさんとしておくわね。
 ホームレスの方に寝る場所を提供するシェルターという場所が私の住んでいる一宮市あって、その1階に小さな食堂があるのよ。昼の11:30~14:30、夕方は16:30~18:30に食事を提供するんだけど、ホームレスの人は無料。働いている人は1食200円。そのNPOの代表の人は、“とてもあなたの口には合いませんよ”と言われたんだけど、そうでもないのよね。結構、美味しいのよ。お弁当屋さんの残りものの惣菜もあったりして。
 テーブルの上にいろんなおかずが大皿で載せてあって、ご飯だけもらい(カレーライスもある!)、セルフでおかずを小皿に移して食べるしくみなのよ。

 前から、Aさんに自慢気に“つぼぼさん、一度、食べに来て下さいよ。美味しいから。”って言われていたんだけど、分かりにくい場所にあったし、なかなか都合も合わなくてね、行けなかったのよ。で、この2月になって、やっと行けたと。
 私が夕食に行った時は、もう終わり頃の時間だったから、あまり人がいなかったのよね。でも、道路工事の交通整理の格好をした60代の年配のおじさんが2人いたわ。あの反射板とか、分厚い上着とか、近くで見ると、結構重そうなんだよね。
 話をしてみると、昔は2人ともホームレスをやってたんだって、名古屋周辺を転々としていたそうよ。
ホームレスになったきっかけは、お一人の方は、派遣を切られて、寮を追い出されて、そのまま公園へ。最初は1つの決まった公園で寝ていたそうなんだけど、ある晩、いたずらで、包まっていた毛布に火を付けられたんだって。危うく焼け死ぬところだったんだけど、それで怖くなって、定住型でなく、移動型ホームレスになったと。公園での寝泊りは冬になると寒いから、皆、酒飲んで身体を温めるのよね。酔っていて・・・、だから、余計にそういういたずらが命取りになるのよね。
 もう一人の方は、阪神淡路大震災で財産を失い、そのままホームレスになったんだって。国や自治体から何等かの援助はあったみたいだけど、全然足りなくて、関西方面をふらつき、愛知の一宮に流れ着いたみたい。

 二人はシェルターに入り、その後、支援してもらって、自立して、今はアパートにそれぞれ住んでいるんだって。でも、この食堂には今でも毎晩のようにやって来ては仲間とくつろいでいるそうよ。
ホームレスは、今は20代も大勢いるんだって。派遣切られて、ネットカフェ難民になって・・・、このまま公園に堕ちていくそうよ。でも、若者は、何十年もホームレスやっているベテランさんと違い、食べられる生ごみのある場所や、空き缶を集め、お金に変える方法など、ホームレスとして生活する術を知らないから、結構、ほんとに生きていくこと自身、ヤバいらしいのよね。昭和30年代生まれの人は、子供の頃、原っぱに基地とか建てて遊んでいるから、ブルーハウスも上手に作るらしいし・・・。
 

 で、Aさんはシェルターの厨房で、NPOのスタッフの一人として、そんなホームレス、元ホームレスの人たちに、明るく声を掛けては、料理をしているのよ。
このAさんを知っている人は、皆言うのよね。“あの人、なんであんなに熱心なんだろう?”って。もともとバイタリティの溢れる人なんだけど、自然体で、まるで八百屋の親父みたいに・・・、そう商売でもないのに、商売人みたいに元気に現場に立っているのよ。
 Aさんは、夕食のための厨房に立つんだけど、材料ももらいに行ってるのよね。お弁当屋さんなんかが食材が余ると、教えてくれて、それを空いている人間が取りに行く。“ありがとうございます、ありがとうございます”と、嬉しそうににこやかな表情をしながら、頭を下げて、貰い受けるのよね。そのよく“空いている”人間でもあるAさんは、その仕事もよく引き受けていると。

 で、食堂が終わった後、Aさんが私と話をしていたら話が盛り上がり~、シェルターの管理人が電気を消すというので、(電気代がもったいないから)、追い出され、近くのマックで100円コーヒーを飲みながら、結構話が続いたのよね。

 Aさんは、私が知っている範囲では、もともと輸入雑貨を売っているお店をやっていたんだけど、店を閉じて、まぁ、いろいろ頼まれ仕事をやって生計を立てているみたい。お母さんを昨年亡くして、今はもう独りなんだよね。生活は楽じゃないみたいなんだけど・・・。


 で、話の中で、なぜこんなにもボランティアをやるのかという話題になったのよ。
するとね、唐突に、
 「つぼぼさん、ここだけの話、俺、前世、クリスチャンだったんだよ。たぶん、カトリックの。」 

 まだ輸入雑貨屋さんをやっていた頃、ある人に連れられて、教会に行ったんですって。そこで、讃美歌のグレゴリオ聖歌を聞いたとき、体中の血液が逆流というか、身体が拡散してしまって、宙に浮いてしまったような気分になったんだって。透明な光を感じ、身体がぴくりとも動かなくなって、“なんだ、これは”と。
 手を合わせて、目を瞑ったまま、しばらく動けず・・・。その間、あらゆる音が聞こえないほどに、自分を変えられてしまったと。
 それから、彼のお店にはずっと讃美歌がかかるようになった。
 さらに、やがて、そのお店は閉めることになったと。


 その話を聞いて、私は、こりゃ、スピリチュアルの星並びを持つ人だなと思い、ホロスコープを診てみたのよね。
 1956年6月11日生まれ。

 やはり、ずばり、冥王星と海王星が吉角60度。スピリチュアル相。
 しかも、その冥王星に木星が重なっている。人に与えれば、与えるほど、倍になって戻ってくる人徳相。
 同時に、海王星と木星が吉角60度で、実力以上に評価されるバブル相。
 でも、冥王星と木星が重なったまま、苦難の土星と凶角90度でもあり、結構、人生に重荷を背負わされる星並び。
 あらあら、こりゃ、自分から進んでボランティアをしてしまう人だわよ。天性の他人に奉仕する才能がある人、とでも言っていいかしら。

 そんな話をしたら、
「俺には、あの世のものとかは全く見えない。スピリチュアルの力は全くない。けど、自分は、自分のやるべきことの方へ向かっているという確信があるんですよ。」

 海王星と冥王星が吉角60度(誤差5度以内)を作る星並びをスピリチュアル相と私は呼んでいるんだけど、結構いるように感じるでしょ? 霊感が強くて、中にはスピリチャルカウンセラーまでやれてしまう人がいる。でも、海王星は太陽系を一周するのに、160年以上、冥王星は240年以上。なぜ、こうも広い世代に現れるかというと、海王星も冥王星もじわじわとゆっくり進行するんじゃなく、“3進んでは2歩下がる”みたいな動きをするわけ。惑星は地球から見て、“逆行”という動きをするのよ。だから、1950年代頃から、2040年代頃まで、このおよそ100年間は度々、海王星と冥王星が吉角60度を形成するというわけ。それを過ぎるとしばらく、このスピリチュアル相の人は、どう頑張っても出てこないのよ。そういう意味では、この100年間はスピリチャルな才能が出てきやすい貴重な時代と言えるわね。

 もしかしたら、Aさんはもっと、宗教的な奉仕の世界へ行ってしまうかもしれないわね。
話をしていたら、Aさんの携帯が鳴って、彼は呼び出されたのよね。パーキンソン病を患っている友人がいて、一人じゃ動けないらしくて、その人の手助けというか、無償タクシーもしているとのこと。
 “駅に着いたから、迎えに来てほしい”と。
 それで、話は中断になって、彼はそそくさと行ってしまったんだけど、・・・どこまで、人がいいのかしらねって感じ。驚かされるわ。


 家に帰ってから、私もYouTubeで、グレゴリオ賛歌を探して、聴いてみたのよね。
 布団の中で。
 グレゴリオ賛歌っていっても、いろいろあるのよね。
 どの曲かしら?


 まぁ、・・・確かにいい曲・・・だわね。
 でも、私は、・・・宙には浮かんな。

 YouTubeじゃ、ダメかな。